離れて、そして近づいて

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離れて、そして近づいて

1 宮内君とギクシャクしたまま夏休みを迎えてしまった。別に口喧嘩をしたわけじゃないのに、どうしてこんなに溝が深まってしまったのだろう。 お互いにどこか遠慮するようになって、話しかけられることもなくなって、去年みたいなただのクラスメートに逆戻りしているような、そんな気がしてならなかった。せっかく距離を縮められていたのに。宮内君に対する気持ちが、恋だって気づいたのに。 好きなのに、彼のことが好きなのに、話しかけられない自分が情けない。ごめんの一言くらい言えたら、こんなに悩むことなんてなかったはずで。 でも、これで良かったのかもしれない。そう思っている自分もいた。宮内君には他に好きな人がいるから、私が猛アタックしても意味はない。好きになってほしいなんて、そんな贅沢なことは言わないから、ただ好きでいさせてくれたらそれで十分だった。底辺の私に好かれても、何も嬉しいことなんてないはずだから。 宮内君の優しさは、最下層の私に対する同情からくるものなんじゃないのか。時折見せる柔らかな表情も、本当は裏で私を嘲笑ってるんじゃないのか。 暗くなった心のせいか、いつにも増してネガティブな考えが頭に浮かんでいた。宮内君に失礼なことばかり思っていて、それでまた自分で自分が嫌になって塞ぎ込んでしまう。悪循環。 話をしなければ何も解決しないのに、そうすることを恐れている。それは、宮内君に拒絶されるかもしれないという懸念によるものだった。避けられたら、私は多分立ち直れない。 デスクシートに挟んだ宮内君の絵を眺める。返そうにも返せなくて、そもそも破ろうとしたくらいだから受け取ってくれそうになくて、そのまま私が宣言通りもらってしまった。宮内君との距離が離れたその日から、ずっと私のデスクシートに挟んでいる。 涙の乾いた跡があって、宮内君しか生み出せない綺麗すぎる絵を汚してしまっていた。その部分に触れながら、やっぱり返さなくて正解だったな、と泣きそうになりながら思った。 どうしてか分からないけど、最近は宮内君のことを考えると悲しくなってくるんだ。恋ってこんなに辛いものなのだろうか。そう思うけど、初恋だから他と比較しようがなくて。相談できる友達もいないから、この恋を共有することもできなかった。何もかもが初心者である私には荷が重い。 泣きそうになるのを堪えながら、宮内君のことばかり考えているわけにはいかない、と私は自分に言い聞かせた。今年は受験生なのだ。恋よりも受験の方が大事に決まってる。いつまでもセンチメンタルになってる場合じゃないんだ。 気持ちを切り替えようとカバンから教科書類を取り出した。宮内君の絵を隠すように教科書を広げ、それを見ながら出された課題を解いていく。でもなかなかペンが進まなかった。 胸がモヤモヤする。落ち着かない。その原因はやっぱり宮内君で。彼のことが頭から離れてくれなかった。好きとは言え、何かに集中できなくなるほどなんて。いや、違う。この場合は、彼との距離が広がり続けていることへの焦りや不安からくるものだろう。 「星羅、ちょっと買い物に行こうと思うんだけど行かない?」 階段の方から母親の声が聞こえた。買い物か。気分転換にはいいかもしれない。このモヤモヤして落ち着かない気持ちから少しは目を背けることができそうだ。もちろん根本的な解決には至らないけど。 私は広げたばかりの教科書を閉じた。隠れていた宮内君の絵が私を再び出迎える。何度見ても、ずっと見ても、この絵は私を飽きさせなかった。本当に綺麗でリアルなんだ。いつか彼自身が納得のいく彼の絵を見てみたい。そこにはどんな景色が広がっているのだろう。宮内君の見る景色はとても綺麗に違いない。 彼のバスケをしてる姿も好きで、彼が描く絵も好きで、彼自身のことも好きで。いつの間にか、こんなにも好きになっていた。もう引き返せそうにない。私が彼のことを好きになるのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。そんな風に考えてしまうくらいには、私は彼に恋い焦がれていた。 「好きだよ、宮内君」 また泣きそうになりながら言葉にすると、それは私の胸に違和感なくすとんと落ちて、自分の気持ちが嘘ではないことを知った。 私は宮内君に、人生初の恋をしている。この想いが彼に届いていればいいのに。彼の絵に触れながら、私はそう思った。
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