これが恋だと気づくまで

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4 どこかの体育館でやるものだと思っていたから、バスケットゴールのある公園に連れてこられたのは少し驚いてしまった。こんな場所があっただなんて。 カバンをベンチに置いて軽くストレッチする宮内君は、私のことなんか見えていないみたいにバスケ一筋だった。何かに一生懸命取り組む姿は、たとえ宮内君じゃなくてもかっこいい。私には特筆に値するそれがないから。 「ベンチに座ってなよ。それで、やりたくなったら声かけて」 「あ、うん」 言われた通りにベンチに腰掛け、宮内君がバスケをしている姿を瞳に移した。やりたくなることなんてきっとないし、見てるだけでやってる気分になってしまう。おかしな話だけど。 どうして私を誘って練習しようとしたのか。その理由を未だに聞けていないけど、聞くだけ野暮な気がした。 フリースローの時みたく、宮内君は誰の妨害も受けずにシュートを放った。ボールは綺麗な弧を描いて吸い込まれるようにゴールに入り、ネットを揺らした。見惚れてしまうほど綺麗なフォームで、改めて宮内君のバスケが好きだと思った。ボールをゴールに入れる。たったそれだけのことでも。 ボールを拾いに行って再び定位置に着く宮内君の姿を、両手の親指と人差し指で四角いフレームを作ってそこから覗いてみた。宮内君の姿がより一層際立つ。当然のことながら、彼しか映っていないこの小さな画面は私だけのものだ。 変わることのない宮内君のフォームで、ボールがゴールに向かって放たれた。だけど私の手は動かない。依然として宮内君を映している。 ふと私の画面の中の宮内君がこっちを見た。驚いた様子の彼と目が合う。私は慌てて指を離し、後ろに隠した。無駄な足掻きだ。 「何してんの?」 「あ、いや、別に、何も。ただちょっと、独占したいなって」 「独占?」 宮内君に復唱され、私は一体何を言っているんだと頭を抱える羽目になってしまった。言わなくていいことを言ってしまうのはどうしてなのだろう。言いたいことは全然言えないのに。 怪訝そうに、だけどどこか期待しているかのように、宮内君は首を傾げて私を見ていた。何と言って誤魔化せばいいんだ。 視線を彷徨わせて返答に焦っていると、宮内君は私の真似をするかの如く、両手の指で四角いフレームを作った。その小さな枠を通して彼と目が合う。もしかしなくても、彼の画面の中には私が映っているのだろう。なんだか恥ずかしい。私は顔を背けた。 「別にいいけどな。独占してもらっても」 独占されたいとも取れそうな宮内君の衝撃的な言葉を聞き、私は背けたばかりの顔を彼に向けた。意外とそういう性壁を持っているのだろうか。 「そ、そんなことしたら、周りから目の敵にされる」 既にされてるのかもしれないけど。宮内君が私に話しかける度、女子が目をギラギラとさせて監視しているのを私は知っている。その視線が痛いのなんの。悪いことをしたつもりなんてないのに、すみませんと謝罪したい衝動に駆られてしまう。そんなこと言っても、結局は嫌味だと思われてまた悪く言われてしまうんだろうけど。相変わらず女って怖い。 宮内君は指で作ったフレームを崩して、シュートを放ったまま置き去りにされているボールを拾いに行った。 「そういう時は、俺が星羅を守るから」 ドキッと胸が高鳴った。誰かに守るだなんて言われたことがないから、全然耐性がない。本心か冗談かも分からないまま、私は俯いて自信なさげな自分の手元を見た。そして、気持ちを誤魔化すようにして口を開く。 「あの、いいよ、そんな、大袈裟だよ。宮内君の足手まといには、なりたくない」 「足手まといだなんて思ったことないけど。寧ろもっと俺を頼ってほしいくらい」 星羅ってなんでもかんでも1人で抱え込みそうだし、と宮内君は喋りながらボールを放った。珍しくリングに当たるも引き寄せられるようにネットを揺らした。 バスケをしてる姿が好きだから独占したいと言ってしまおうかとも思ったけど、流石にそんなことを言われたら引くに決まってる。そもそも独占なんてできるはずがないし、既に彼のプレーを見てきた人は腐るほどいる。私はその中の1人に過ぎない。 でも、彼のプレーを好きだという人は限られるんじゃないだろうか。それを伝えることは迷惑ではないと思うから、独占を換言して好きだと伝えてしまおうか。多分、独占より全然いい。好感が持てる。 「あの、私、好きなの」 「え」 「宮内君のバスケしてる姿が」 「あぁ、なんだ、そっちか」 「え、そっちって何?」 「なんでもない」 宮内君はふいと顔を背けた。なんだか様子が変だ。何か気に触るようなことを言ってしまっただろうか。もしかして、好きって言葉がタブーとか。いや、まさか。その言葉を言われて嫌な思いをする人なんてそんなにいないはずだ。でも、その少数派に宮内君が属していたとしたら。絶対にないとは言い切れないから不安が募る。 「自分がバスケしてる姿が好きだなんて初めて言われた。普通に嬉しい褒め言葉だな」 宮内君は私と目を合わせようとしないまま、4回目のシュートを放った。再びリングに当たる。さっきと同じように入るかと思ったけど、今度はゴールに嫌われてしまった。上手な人でも何かが変わるだけでミスしてしまうようだ。 溜息を零す宮内君は、焦っているような、動揺しているような、そんな雰囲気があった。どうしてかなんて分からないけど。 「うん、えっと、なんかね、バスケやってる時の宮内君ってさ、凄く楽しそうなんだよね」 総体や体育の授業の様子を思い浮かべて、私は小さく微笑んで見せた。自分でも驚くくらい自然と。 宮内君は何かを我慢するみたいに唇を真一文字に引き結び、ゴールに受け入れられなかったボールを拾いに行った。捲っている袖が少し乱れている。 大切にボールを扱う宮内君は、私の目の前に来るなりそれを差し出してきた。やりたいなんて言ってないのに。 宮内君とボールを交互に見て、ここで拒否するのもどうかと思い、私は両手でボールに触れて受け取ろうとした。だけどその時、突然しゃがんだ宮内君が私と同じように両手でボールに触れてきた。なんだかおかしな状況。 どうするのが正解なのか分からなくて、そのままの状態で固まっていると、しゃがんだことで私を見る目が上目遣いになる宮内君の口から意味深な言葉が吐き出された。 「さっきの笑顔はずるいわ」 その真意を読み取れない私は、バスケットボールに触れたままドギマギしていた。ずるいってなんだ。私は何かいけないことをしたのか。ただ笑っただけなのに。 理由を聞きたかったけど、触れそうで触れない宮内君の指先になぜかドキドキしてしまい、それどころではなくなっていた。全くと言っていいほど異性に耐性がなくて流石に嗤えてくる。 お互いに無言の状態が続き、見つめ合うような形になった。こういう時、最初に目を逸らすのは絶対に私だったのに、今回ばかりは宮内君の方が早かった。やっぱりどこか変だ。 でも結局は何も追究できないまま、ただ触れそうで触れない指先にもどかしさを感じて。ドキドキして。宮内君も同じ気持ちだったりするのかな、なんてありもしないことを思って。期待して。 「誰にも見せたくない」 静寂に包まれた公園。ボソッと呟くように言った宮内君の言葉を、私は聞き逃さなかった。
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