これが恋だと気づくまで

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5 クラスマッチ当日。嫌すぎてサボる方法を考えたけど、何も思いつかなかった。仮病を使うにしても演技なんてできないし、そもそも嘘を吐くのが下手だからすぐにバレてしまうのが目に見えている。 体育館2階で試合を眺めながら、何度目になるか分からない溜息を吐き出した。本気でやってるみんなには悪いけど、初戦で負けて終わってしまいたい。切実に。 私の気分と反比例するかのように、ただただ盛り上がりを見せるバスケの試合。宮内君が出ていれば、少しは気分が違っていたかもしれないのに。 残念なことに、彼のチームと自分のチームの試合開始時間は同じだった。ボーッと眺めているわけにはいかないからじっくり堪能できないのはショックだ。 あれこれ考えている間にも、着々と時間は進んでいって。出なくても問題ないように思えるけど、後で体育教師に何を言われるか分かったもんじゃない。私はまた溜息を吐いた。 「俺さ、隼人の好きな人分かったかも」 試合で歓声が上がる中、後ろの方で同じクラスの男子の声がした。最近は少し廃れつつあった宮内君の好きな人の話題だけど、その男子生徒の中ではずっと、新聞の見出しくらい大きな話題になっているようだった。 宮内君の好きな人。しばらくの間はすっかり忘れていたけど、思い出したら気になり出してしまい、盗み聞きをするような形になってしまった。誰だって他人の好きな人が誰なのか興味はあるだろうから、別におかしくない反応のはず。 あの子かな、それともあの子かな、と楽しそうにバスケをしている子や、友達と雑談をしている子を見て、宮内君の好きな人を予想してみた。みんな可愛いから、宮内君が誰を好きになっても納得するような子ばかりだ。全然1人に絞れない。 「まだそんなこと言ってんのかよ。俺の好きな人聞いたって何にもならないだろ」 その通りだ。宮内君の好きな人を知ったところでどうこうできる話じゃない。そうなんだ、で終わりだ。それで終わりだけど、気になるものは気になる。周りに興味関心なんてこれっぽっちもなかったのに。いや、周りの視線を気にしている時点で、興味はあったのかもしれない。私は無関心だ、なんて思い込んでいた自分がバカらしく思えてくる。 宮内君たちの会話が耳に入ってこないように、私は彼らから遠く離れることにした。聞くのが嫌だったわけじゃない。聞いても私のためにはならないと思ったし、盗み聞きをするのは性格が悪いとも思ったんだ。 宮内君には好きな人がいる。それなのに、前はどうしてあんなことを言ったのだろう。私が笑ってしまった時、誰にも見せたくない、だなんて。あの時の宮内君は明らかにおかしくて。でも何も指摘できずに変にドキドキしていた私もおかしくて。なんだ、どっちもおかしかったんじゃないか。 触れそうで触れなかったお互いの指先。バスケットボールを隔てて向かい合った心。いつもより余裕のなかった宮内君の言動。 自分の指先を見つめ、自分の胸に手を当て、宮内君の言動を蘇らせて。陰のような存在の私にとっては非現実的な出来事が、そこにはあった。 誰にも見せたくない。私の笑顔を誰にも見せたくないと言うのであれば、私だって宮内君がバスケをしてる姿を誰にも見せたくない。でもそれは決して叶わない無理な願いだった。 前の体育でやってのけたというダンクシュートを見逃してしまったのは痛すぎる失態だ。あれさえちゃんと目の当たりにしていれば、少しは満足していたかもしれないのに。 試合終了のホイッスルが鳴り響き、もうすぐ自分自身もコート上に立たなければならないだなんて信じたくなかった。とても憂鬱だ。サボりたい。逃げ出したい。帰りたい。でもそれは許されないことだから、嫌でも参加するしかない。運動音痴には酷な話だ。 鉛のように重たい足で体育館の床を踏みしめ、チームメイトの元へ向かった。誰も私が来ることなんて期待していない。別にいなくても困らないだろうし、寧ろいない方が都合がいいに決まってる。私は足を引っ張る人物だから。 やる気のなさを感じさせるような暗い雰囲気を無意識に醸し出している私は、試合が開始されてもボールを追いかけることはしなかった。隅っこの方でただ突っ立っているだけ。ボールを操っている人が近づいてきたら避けてしまうくらい傍観している。自分でも思う。気を遣ってるようで邪魔をしてるなと。 何気なく隣のコートで行われている男子の試合に目を向けた。ボールの扱いに慣れていて、一際目立つ存在の宮内君の姿はすぐに見つけられた。 やっぱり好きだ。明確な理由なんてないけど、宮内君のプレーは私を惹きつけて離さないんだ。まっすぐとゴールを見据える彼の目はとても真剣で、だけどとても楽しそうで。心の底からバスケを愛しているんだな、と素人の私から見てもそう感じるくらい、彼のプレーは生き生きとしていた。 あまり見過ぎるのは良くないと思い、視線を逸らした時だった。目の前にボールが迫ってきていたのは。 反射的に手を出したけど、もともとの運動神経の悪さで取り損ねてしまい、顔面に当たるような形になってしまった。私に直撃したボールは床を弾ませころころと転がった。 痛みに顔を抑えて俯くと、周りから心配の声をかけられた。私は頷きながら大丈夫だということを伝え、自分の顔から手を離してみた。だけどその手には赤い液体が付着していて。 「ちょ、誰かティッシュ持ってきて」 事態にいち早く気づいた子が周りにそう促している間にも、赤い液体は私の手を汚し続けていた。とてつもなく情けないけど鼻血だ。私の鼻から血が出ている。顔面ヒットからの鼻血は流石に恥ずかしい。 なんだか泣きそうになりながらも、床や服が汚れないように細心の注意を払った。でもなかなか血は止まってはくれず、当然のことながら、その全てを手のひらに収めることはできなくて。結局床を汚す羽目になってしまった。ティッシュはまだなのか。 被害を広げないようにその場から微動だにせず突っ立っていると、突然鼻にタオルを押し当てられた。誰のものなのか理解するよりも先に、今度は足が宙に浮いて焦った。 女子の黄色い声が響く中、私の頭は混乱していた。私は今、俗に言うお姫様抱っことやらされている。なぜ。どうして。 受け取ってしまったタオルを遠慮気味に鼻に押し当てながら、チラッと彼を一瞥した。涼しげな顔で私の体重を抱える彼は、さっきまで私が眺めていた宮内君で。思わず胸がドクンと高鳴った。 宮内君はまるでどこかのアイドルの如く、周りの注目を大いに浴びながら体育館を後にした。恥ずかしさのあまり赤面しながら降ろしてほしいと訴える私を連れて颯爽と。
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