離れて、そして近づいて

8/8
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
8 誰かに告白される人生なんて想像していなかったし、まさかそれが短期間で2回もあるなんて信じられなかった。宗馬君への返事を保留にしたままの私は、本当にどちらかを選ばなければならなくなって。いや、違う。もう答えは決まっている。私は宮内君のことが好きなんだ。だから、彼を選ぶ他ないじゃないか。何を迷っているんだ。宗馬君に悪いとでも思っているのなら、それこそ彼に失礼なんじゃないのか。 返事ができる状態だったのに、あまりにも突然すぎて混乱してしまい、結局何も言えずに告白されたままとなってしまった。宮内君は練習に戻る時、旗を使う人の名前を私に伝えてくれた。告白したことなんて全く恥ずかしがっていない様子で。それから彼が颯爽と教室を後にしたのが数日前の話だ。 声をかけて告白の返事をしたいのに、なかなかそれができなくて、気づけば体育祭当日を迎えてしまっていた。比較的楽な競技を選んでいた私は、目立たないように気をつけながらなんとか種目をこなし、団のベンチに座り込んでいた。あとは観戦だけだ。 白熱した勝負が続く中、それに拍車をかけるかのように応援合戦が始まった。これは毎年盛り上がるものでもある。それなりに顔面偏差値の高い男子や、それぞれのクラスで目立つ存在の男子が30人集結するのだから。故意にそうなるよう仕向けているわけではなく、たまたま集結したメンバーがカースト上位の人だっただけの話だ。ダンスは女子のカースト上位の人が集結していたが、無論これも別に故意ではない。 私の団の応援の旗には威風堂々という文字と、それを使用する人の名前が書かれている。宮内君に告白された後に、気を紛らわすようにして書いてしまったからあまりいい字は書けなかった。それでも宮内君を含めた5人は喜んでくれたから、納得はいかないにしても気にしないことにしている。使う人が喜んでくれたならそれでいい。 宮内君の学ラン姿は新鮮で、それを見た女子が目をハートにしているような気さえする。私を好きだと言ってくれた彼は、人望が厚くて女子からは絶大な人気を誇っている人なのだ。それはずっと変わらない、いや、変えようもない事実だった。彼の隣は私では釣り合わない。そんなことは分かっている。でもだからって、宮内君を諦めるつもりなんてなかった。 私も好きだと言えばいいだけ。それだけのことなのに、どうしてこんなに手こずってしまうのだろう。私のことを好きだと言ってくれているのだから、振られる心配なんてしなくても大丈夫なのに。 自分の気持ちを伝えるのって、簡単なようでとても難しい。普段の会話さえままならないのだから余計そう思ってしまう。だけど、それを理由にして返事を先延ばしにするわけにはいかないから、体育祭が終わった後にでも伝えてしまえばいい。少しの勇気で良い方向に変わるなら、そっちの方が断然良いに決まってる。 鳴り響く太鼓の音を聞きながら、私の目は宮内君を追っていた。気づいてくれないかな、なんてバカなことを思いながら見続けるけど、彼は一向に気づいてはくれなかった。目が合ったらきっと自ら逸らしてしまうのに、何を落胆しているのだろう。 小さく溜息を吐いて地面を見ると、小指の爪くらいのサイズの小石を見つけた。手に取って暇を潰すみたいに地面に文字を書いていく。威風堂々。筆の時とは全然感覚が違うけど、あの時と同じようなイメージで手を動かした。 一通り書いてから、すぐに手で砂を払い飛ばすようにして文字を消し、今度は頭に思い浮かべている人の名前を書いてみた。宮内隼人。ただ書くだけなのにドキドキしてしまうから、話しかけて自ら告白の返事をするなんて私にとっては困難なことのように思えてならなかった。 好きな人の名前を書き終わってすぐにそれも消し去り、小石を地面に置いてから手についた砂を払った。どこで誰が見ているか分からないから、周りと違う行動をするのは慎んだ方が良さそうだ。書いた文字を見て変な噂でも立てられたらたまったもんじゃない。 もう少しで自分の団の応援が始まろうとしていた。いつまでも座っていたら何か言われてしまいそうだと思い、とりあえず立って観戦することにした私は、無意識に宮内君の姿を探してしまっていて。 旗を持っている彼はすぐに見つかり、何やら同じ旗を持った人と話していた。その様子をぼんやりと眺めていると、不意にこっちを見た彼とバチッと目が合い、それからクールに微笑まれた。反則技だ。 赤面しそうになるのを必死に堪えながら、太鼓の音と共に開始される自分の団の応援を観戦するも、先程の宮内君のクールな微笑みに胸の高鳴りが収まってくれなくて。結局ゆっくりと見る余裕すらなく終了してしまった。 笑顔一つでこんなにドキドキしていたら、告白の返事をする時やその後はどうなってしまうのだろう。不整脈で死んでしまうんじゃないだろうか、なんてバカなことを考えてしまうくらい心臓は早鐘を打っていて。 流石に死ぬのは嫌だから、返事はまたの機会にしようとすら思っていた。別に死ぬと決まったわけじゃないのに、そんな誰も納得しないようなおかしな理由をつけては現実から逃げようとしていて。そんなんじゃ、いつまで経っても伝えられない。延ばせば延ばすほど伝えにくくなってしまうのがオチだ。 私は自分にそう言い聞かせて、応援を終えた宮内君の姿を見つけるなり彼に近づいた。声をかけようと息を吸うけど、何も言葉を発せなかった。緊張している。いつもより大きな声を出さないと周りの騒音に掻き消されてしまうだろうから、普段の声量では彼の耳に私の声はきっと届かない。それを理解した上でもう一度息を吸って試してみるけど、結果は同じだった。意気地なしな自分が顔を出しただけ。 もうこうなったら行動で示すしかない。呼びかけることを諦めた私は、彼が着ている学ランに手を伸ばして軽く引っ張った。彼は咄嗟にこっちを向くと、すぐに私の気持ちを察したかのように近くにいた男子に先に着替えてくることを伝えて私に目配せした。それから誘導するように歩き出す宮内君の後を追う私は、人気のない校舎裏に連れてこられた。 「何か話があるんだろ。急かさないから星羅のタイミングで言いなよ」 振り返りながらそう告げた宮内君は、学ランのボタンを外すなりその場に座り込んで壁に背をつけた。学ランが汚れるのも御構い無しに。 緊張気味のまま突っ立っている私を見上げた彼は、とりあえず座れよ、と言わんばかりに自分の隣を指差した。私はぎこちなく頷いて遠慮気味に宮内君の隣に座った。 私が話そうとしていることを、彼は多分察している。だけど自らその話題を持ち出すようなことはしなかった。あくまで私から話すことを望んでいるようで。 私は喉元まで出かかっている言葉を吐き出そうと口を開くけど、なかなか第一声が出なかった。何かに引っかかっているみたいな感覚が私を苦しませる。言いたいのに言えない。緊張のせいか上手く呼吸ができなかった。 どうしよう早く言わないと、と焦りが募ってますます言えなくなってしまう私の手を、宮内君がそっと握ってきた。焦らなくていい。ゆっくりでいい。そんな気持ちがこもっているように感じ、私は大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。大丈夫。素直な気持ちを伝えればいいだけ。辿々しくても、宮内君ならちゃんと最後まで聞いてくれる。私はもう一度息を吸った。 「あ、あのね、前の、返事、なんだけど」 宮内君は私から手を離して、静かに次の言葉を待ってくれた。私は幾分か落ち着いて言葉を紡ぎ、喉元で引っかかることなくすんなりと続けた。宮内君へ視線を向けて。恥ずかしさや緊張で俯いてしまわないよう意識して。 「私も、宮内君のこと、好きだよ」 伝えたかった言葉を伝えたことで、心がスッと軽くなった気がした。口にすることで改めて実感した宮内君への想い。これは嘘じゃない。本当だ。正真正銘の恋だ。人生初の恋だ。 ドキドキとうるさい心臓の音を聴きながら、これは幸せの鼓動かな、なんて馬鹿げたことを思った。ほとんど恥ずかしさによるドキドキだろうに。 私は宮内君から目を逸らして、立てた膝に顔を埋めた。やっぱり羞恥心には敵わない。 しばらくは収まりそうもない胸の鼓動を感じながら、これから宮内君とは彼氏彼女の関係になるんだな、なんてどこか他人事のようにそう思った。 体育祭のこの日、教室では格差のある私たちは晴れて恋人同士となった。それが周りから喜ばれることなのかどうなのかと聞かれたら、答えは絶対にノーだ。人気者の宮内君の彼女が地味な私なんて誰が認めるというのだろう。 でも、そんなイケメンな宮内君に見合うような彼女になれるよう私なりに努力するから、それまではどうか好きでいてほしい。冷めないでいてほしい。それらは切実な思いだった。 「星羅可愛過ぎ」 「へ?」 パッと顔を上げると、私とは打って変わって涼しい顔をした宮内君と目が合った。可愛いなんて簡単に言ってみせる宮内君に、私は嫌でもドキドキさせられて。静まりかけていた鼓動がまた早まるのを感じた。それと比例するかのように真っ赤になる顔。もう本当にどうにかなってしまいそうだった。 宮内君は私をじっと見て、それからゆっくりと顔を近づけてきた。前できなかったキスをされるんじゃないかと期待してしまった私は、どうしたらいいのかよく分からないままとりあえずきつく目を閉じその時が来るのを待っていた。 「あ、いた、隼人。お前もうすぐリレー始まんぞ」 男子の声がして我に帰った私は、慌てて宮内君から距離をとった。対して彼は平然としたまま受け答えをして、その場から立ち上がった。声をかけた男子は何も言わないから、ギリギリ見られずに済んだのかもしれない。 同じように立ち上がって宮内君の様子を窺うと、彼は私に視線を向けて「ちょっと着替えてくる」と怠そうに言いながら歩き出した。その背中を見送りながら、ついさっきのことを反芻してしまい、噴火してしまうんじゃないかというくらい顔が熱くなった。 好き。宮内君のことが好き。彼のことを考えると胸が締め付けられるくらい、私は彼のことが好きなんだ。そういう人は私だけじゃないはずなのに、彼は私を選んでくれた。好きになってくれた。もうこんな奇跡は起きないだろうから、私は初めての彼氏である宮内君を心の底から大切にしようと決めた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!