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眠気に誘われながらもなんとか午後の授業も乗り越えた私は、部活に突っ走るクラスメートを尻目に欠伸を噛み殺しながらのんびりと帰宅の準備をした。
登校時よりもどこか重く感じるスクールバックを手にして席を離れようとした時、「あのさ」と隣の席の例の人物が声をかけてきた。
立ち止まって内心ビクビクしながら振り向くと、エナメルバッグを肩にかけてこっちを見る切れ長の目と視線が重なった。
「な、何?」
人と話すことに慣れていない上に、元々の性格もあってかそれだけの言葉すら噛んでしまう自分がどうしようもなく情けない。心の中ではスラスラと言葉を並べられるのに、いざ口にするとなると全く上手くいかなかった。どうしてだろう。
目を合わせようとせずにただ俯いて失礼な態度をとってしまっている私のことなんか全く意に介していないように、宮内君は淡々とした口調で衝撃的な言葉を口にした。私にとってはそうだった。
「今度の土曜に総体あるんだけど、もし暇だったら来なよ。クラスの奴らも結構行くみたいだし」
ほとんど宮内君目当ての女子なんだろうけど、彼はそれに気づいていない様子だった。いや、気づいていないふりをしているだけなのかもしれない。
小学校の学芸会で言う村人B的な存在の私を誘う理由なんて、多分きっと同情しかないんじゃないだろうか。
そうやっていちいち卑屈になってしまう私は、いつまで経っても変われない。変わることができない。
「まだ少し日にちあるし、ちょっと考えてみてよ」
じゃあまた明日な、とクールに去っていく宮内君に「バスケ部、だよね?」と私は自ら声をかけていた。どうしてか分からないけどほぼ無意識に。宮内君は私を振り返ると、首を縦に振った。「そうだよ」
私はスクールバックの持ち手をギュッと握り締め、自分でもはっきりしない返答をした。ハキハキしている人からしたらイライラするようなそれで。
「バスケとか、その、スポーツ全般、よく分かんないけど、行けたら行く、多分」
顔を上げられなくて、自分の足元を見続ける私の頭に誰かの手が乗せられた。言わずもがな、それは宮内君のもので。
突然のことに混乱する私をよそに、彼はぽんぽんと撫でるように優しく頭に触れてきた。これが頭ぽんぽんってやつか、なんてまさか自分がされる時が来るとは思っていなかったため、どう反応していいのか分からず、私は何かを堪えるように硬直していた。
子供をあやすみたいに頭を撫で続ける宮内君に堪らなくなってだんだん顔が熱くなってきた時、赤面している私に気づいた彼が「悪い」と我に帰ったように謝罪して手を離した。
「ルールとか分からなくてあたふたしてる様子想像したらなんか可愛く思えてつい」
やってしまった、と続きそうな言葉を咄嗟に並べた宮内君は、少し動揺しているように感じた。
それから少し間があり、私は突如ハッとなって宮内君の顔を見上げた。珍しく視線が交わらなかった。
「え、あの、今さっき可愛いって言っ」
「気のせいだろ。とにかく来てよ絶対。スポーツをやるのが嫌なら、見ることの楽しさを教えてやるから」
見事に遮断されて早々に会話を切り上げられた私は、目の前の宮内君を見つめたままポカンとしていた。気のせいなのか。あれは気のせいで間違いないのか。いやでも私の耳にはちゃんと残っていて。
可愛い、なんて私にとっては現実離れした単語を言われて混乱するけど、宮内君が気のせいだと言うのならそういうことにしておくのがベストだろうか。
宮内君は私のことなんかを可愛いとは言ってない。あれは気のせい。もうそれでいい。なかったことに、聞かなかったことにしてしまえばそれで済む話だ。私に可愛いなんて言葉は似合わないのだから。
バカみたいにしつこく追及して墓穴を掘ることだけは避けたくて、私はスクールバックを抱きかかえるように持って俯いたまま気にしてない風を装った。
「えっと、楽しみにしてる、から」
やっぱり目を見て話すことができない私は、それだけを言って逃げるように教室を出た。楽しみにしてると言ってしまったことで、総体を見に行かなければならなくなったことにほんの少しだけ良心の呵責を感じながら。
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