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バスケに限らず、スポーツ観戦するためだけにその会場に出向くのは初めてのことだった。当たり前だけど、訪れた場所はたくさんの人で賑わっていて、人混みがあまり好きではない私にとっては割としんどいものがある。人酔いしてしまいそうだ。
そんな中、出入り口の近くでトーナメント表を目にした私は、迷うことなく自分の高校の名前を探した。一番上にそれはあり、初戦はその下の2校のどちらかのようだった。こういうのをシードというんじゃなかっただろうか。
シードになっているということは、自分の高校のバスケ部はかなり強いのだろう。関心がなさ過ぎて知らなかった。
思い返してみれば、何か大会があるたびにバスケ部は表彰されていたような気がする。代表で宮内君がそれを受け取っていた記憶もないわけじゃない。
凄いなと感心しながらトーナメント表を睨みつけるように見ていると、突然後ろから肩を叩かれた。驚いて弾かれたように振り返ると、そこにはチームで揃えたようなナイロンのジャージを着ている宮内君の姿があった。
彼の後ろには同じジャージを着たチームメイトがいて、こっちを見て何やら話をしている。後で宮内君が揶揄されてしまいそうな勢いだ。申し訳ない。
「今日はありがとな」
「あ、うん。こちらこそ」
「こちらこそって、俺は何もしてないけど」
「あ、いや、誘ってくれたお礼、みたいな」
ふと周りから突き刺さるような視線を感じてチラッと様子を窺うと、見知らぬ女子たちが私を品定めするかのように見ていた。疑問に思ったけど、その答えはすぐに分かった。宮内君だ。彼は校内だけでなく校外でも目立つ存在で、他校にまでファンみたいなそれがいるのかもしれない。
そんなモテモテな宮内君が私みたいな地味で暗い奴と話してたら、そりゃ誰だって不快に思うに決まってる。派手なのは名前だけで、他は地味なのだから。
「あの、ウォーミングアップとかあると思うから、行ってきていいよ」
彼女たちの機嫌をあれ以上悪くさせないように、私は少しでも早く宮内君から距離を取ろうと試みた。言いたいことはまだあるけど、それは自分の中だけで留めておこう。そうすることに意味なんてないけど。
宮内君は挙動不審の私に向かって、「うちの初戦はAコート」と冷静にそう告げた。
「え、あ、そう。分かった」
本当はどこがAコートなのかすら分かってないのに、早く宮内君から離れたいがために適当に頷いてしまった。最低だ。
そんなことに気づくはずもない宮内君は、「また後で」と言って私に背を向けた。その背中を見送ってから、私は再びトーナメント表に目を向けた。自分の高校の名前を見つめる。
優勝したら県総体とか行くのだろう。もしまた誘われても、今回と違ってその会場に行くのが大変だろうから断らないと。
そこまで考えて、自分は一体何を期待しているのだろう、と鉛のように重くて深い溜息を吐き出した。自惚れるな。
トーナメント表から目を離し、私は会場内へと足を踏み入れた。人の波を縫うようにして歩く。
若干挙動不審になっていたけど、観客席へと続く階段らしきそれを見つけてホッと胸を撫で下ろした。とりあえず彷徨わなくて済んだから一安心だ。
階段を登り切ると、籠もって聞こえていた人の声やボールをつく音が鮮明になり、私はコートに視線を向けてAというアルファベットを探した。
コートは2面だけで、もう既に試合は始まっているらしく、どこのチームの応援団も盛り上がりを見せていた。熱気に包まれている。
そんな中、私から見て奥側にAという標示があることに気づき、私は向かい側から来る人を避けながらAコートが見える場所へ移動した。だけど当然のように席は空いておらず、仕方なく壁にもたれた私は、なんとなく目の前の試合を目で追った。どちらも知っている高校で、点差があまりない白熱した勝負だった。
なんだかスピードが速い。コートにいる選手はずっと走り回ってる気がする。運動が嫌いで体力がない私にはそんなこと無理だ。できない。すぐバテる。情けないくらいすぐに。
1回戦でこれだけ盛り上がるのなら、決勝戦はとんでもないことになりそうだ。割と興味はあるけど。
自分の高校の試合が開始されるまでの間、トイレに行ったりスマホを弄ったりして時間を潰し、その時が来るのを静かに待った。
ずっと立ちっぱなしで足が疲れてきた頃、近くにいた女子が急にそわそわし始めた。何かあったのだろうか。
不思議に思って彼女たちの視線を辿ると、黒が基調のユニフォームに身を包んだ宮内君たちの姿があった。もうすぐ始まるみたいだ。
黄色い悲鳴をあげそうな女子を差し置いて、私は辛うじて空いていた席を見つけてそこに座った。お洒落な女子は身を乗り出すようにして観客席から顔を出し、誰かの姿を見ては互いに嬉しそうな笑みを浮かべていた。誰かなんてもう既に決まっているようなものだろうけど。
やっぱり凄い人気だ、宮内君は。勉強も運動も何もかもできて、しかもクールで落ち着いているから女子にとってはきっと高評価で。言わば高嶺の花だ。
私は背もたれにもたれながら息を吐き出し、コート上の宮内君を見つめた。すると、軽くストレッチをしていた彼が不意にこっちを見たがためにバチッと目が合い、私は慌てて顔を背けた。見過ぎてしまった。
「やば、こっち見てるんだけど」
「マジで目の保養だわ」
例の女子のテンションが上がる中、私のそれは下がり気味になっていた。宮内君とは目が合ったと思ったけど、たまたまそう見えただけで、実際は違うところを見ていたのかもしれない、ということに気づいてしまったからだった。疑いもなく自分のことを見たんじゃないかと自意識過剰なことを思って顔を背けた自分がバカみたいだ。
勝手に悶々としている中、無情にも時は過ぎ、シードである自分の高校の試合が開始されたのだった。
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