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6
「あの、宮内君、みんな探してる、けど」
総体が終わり、すっかり人気がなくなった観客席に彼はいた。その背中はとても悲しそうで、声をかけるのに勇気が必要だった。いつも以上に。
呼んでも宮内君は無反応で、私は仕方なく彼のチームメイトを呼びに行くことにした。そっちの方が手っ取り早い。
そう思って踵を返した時、「星羅」とまだ呼ばれ慣れていない名前を宮内君に呼ばれた。思わずドキッとする。
無視するわけにもいかずにその場に立ち止まると、彼がゆっくりと息を吐き出す気配がした。
「最後、どっちが勝つと予想してたか教えて」
最後。それはきっと、決勝戦のことで。そこに上り詰めるために勝負したどの試合よりも印象に残っていた。
接戦だった。選手も観客もみんなハラハラするような試合だったと思う。自分の高校のチームの方が優位に立っていて、点を取って取られてを繰り返していた。
そのまま点差が開くことなく残り1秒。2点リードしている宮内君たちのチームが優勝だと誰もが思ったはずだ。
でも違う。彼らは優勝できなかった。準優勝だった。金ではなく銀だった。
残りたった1秒。選手たちにとっては一生分をかけた長い1秒だったかもしれない。
スリーポイントシューターというのだろうか。相手校のその選手は調子が悪かったのか、決定率がとても低かった。
だけど最後の最後で、憎たらしいくらい綺麗なスリーポイントシュートを決めたのだ。弧を描いてゴールに吸い込まれていくあの瞬間は、まるでスローモーションのように見えた。
ブザーが鳴る。敗北。泣き崩れる選手。立ち尽くす選手。そんな彼らの背中を押す宮内君。
危機一髪で逆転勝利した相手校は大盛り上がりだったけど、宮内君たちは悔しさを噛み締めるようにして俯いていた。
残り1秒だったんだ。これが悔しくないわけがなかった。見ているこっちまでそんな気持ちになったのだから、当事者の宮内君たちは相当なものだろう。考えただけで辛くなる。勝てると思っていた分余計に。
「宮内君たちが勝つと思ってた」
振り返って宮内君を見やると、彼はその時の映像を蘇らせるかのように、誰もいない閑散としたコートを見つめていた。その姿を私は目に焼き付けた。どうしてか分からないけど、忘れてはならないような気がしたのだ。
「だよな。俺もこのまま優勝できるって思ってた。でもその油断が命取りになったんだ。ブザーが鳴るまで気を抜いたらいけないのに」
情けない、と宮内君は自嘲気味にそう言った。声が少し震えている。上擦っている。
宮内君のほしい言葉なんて分からないし、思いつく言葉はどれも偽善のようなそればかりで。誰だって言葉ではどうとでも言えるんだ。嘘も本音も全て。
悩みに悩んだ挙句、私は何も言わずにただ宮内君の隣に座った。一つ空席を作って。
「えっと、1人になりたかったら、言ってね」
試合に負けた後の気持ちなんて私には分からないけど、感情のコントロールが難しくなるんじゃないかなと勝手に予想している。真面目に部活に取り組んできたからこそ、込み上げてくる何かがあるはずなんだ。何も知らない私が知ったようなことなんて言えないけど。
少し気まずい沈黙が漂った。それを破ったのは宮内君で。
「俺さ、優勝したら好きな人に告るつもりだったんだ」
「え、宮内君って、好きな人いるんだ」
誰だろう。周りは可愛い子ばかりでみんな明るいから、人気者の宮内君がその中の誰かを好きになっても全然おかしくなかった。宮内君だって健全な男子なのだから、恋だって普通にするに決まってる。
「優勝できなかったから、もう告白は諦める、とか言わないよね」
真面目な宮内君だから、自分で決めたことは最後まで貫き通しそうで。優勝したら告白するというのあれば、優勝しなかったら告白はしないという意味合いにも捉えられるのだ。そんなのもったいない。宮内君が辛くなるだけじゃないか。
宮内君は息を吐き出すと、「しばらくはお預けだな」と小さく笑った。そんな彼の目から流れる涙の雫を、私は見逃さなかった。それと同時に、綺麗だなとさえ思った。
「ありがとう、星羅」
「え、いや、別に、私は何も」
不意打ちでなぜかお礼を言われ、私は酷く慌ててしまった。お礼を言われるようなことなんて何一つしてないのに。
宮内君はその長い指で涙を拭い、観客席から立ち上がった。
「悪い、迷惑かけて。戻ろう」
いつものクールな姿に戻った宮内君は、私を導くようにして歩き出した。本当はもっと泣きたいだろうに。もしそれを私が邪魔してしまったのであれば、とても申し訳ない。
密かにそう思っていても、私が宮内君にしてやれることなんてないから、黙って彼に付いて行くことしかできなくて。
自分がちっぽけな存在であることは百も承知で、それこそいてもいなくても何も変わらないような小さな存在で。そんな私は、宮内君のように苦しい思いをしている人が近くにいても、慰めの言葉一つかけてやれない無力な人間で。
何を言えばよかったのだろう。それとも、何も言わないままでよかったのだろうか。2択しかないその答えですら、今の私には一生分からないことだった。
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