これが恋だと気づくまで

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2 放課後に第2体育館でクラスマッチの練習をするという話になったのは、当日から2週間前のことだった。 私が行っても場の空気を壊すだけだろうし、そもそも行く気がなかったのでこっそりと帰宅していると、隣に誰かが並ぶ気配を感じた。 顔を上げて隣を見やると、そこには宮内君の姿があった。どうしてここに。 驚きのあまり立ち止まると、それに気づいた宮内君が怪訝そうな顔を私に向けた。「どうした?」 やっぱり私は目を見て話すことができなくて、俯き加減に口を開いた。最初の一文字がなかなか声として外に吐き出せないのはいつものことだった。 「あ、あの、練習、しなくていいの?」 スクールバッグの持ち手を無意識にギュッと握る。いつからか、人と話す時に思わず力んでしまうようになっていた。 吃って恥ずかしくなって自分の殻に閉じ籠ろうと小さくなるのもいつものこと。上手く話せないから、上手く伝えられないから、人と会話をするのが苦手なんだ。原因は分かってる。だけどそれを改善する方法が見つからないまま、気づけば大人の一歩手前まで来てしまった。先が思いやられる。 「部活で散々練習してきたからな。クラスマッチは勝敗関係なく楽しめたらそれでいい」 「あ、そっか、そうだよね。ごめん、変なこと聞いたね」 分かりきったことを尋ねてしまったことに更に羞恥心を感じた。上手くいかなくてもどかしい。 「星羅は行かねぇの?」 「え、や、その、私が行ったって、別に意味ないよ。多分、足手まといになるだけ」 私が一番やらなければならないけど、みんなの練習の邪魔をしたくはなかった。 なんて取ってつけたような理由を探して、結局練習することから逃げているだけなんだ。分かってる。ちゃんと自覚してる。でも何か言い訳を作らないとやっていけなくて。 「だと思った」 「え?」 ポカンとする私をよそに、宮内君は歩き出してしまった。言葉と行動が合っていない。 その場に留まることも憚られて、私は遠慮がちに彼について行った。俯きながら一歩後ろで。 「星羅は団体行動とか苦手そうだから、みんなで、っていうのはダメなんだろうなってずっと思ってたんだ」 最初から私がついてくることを知っていたみたいに、宮内君は振り向くことなくそう言った。 団体行動が苦手。それも理由の一つではある。何でもかんでもみんなで協力とか、凄く怠くて嫌なんだ。 私にはきっと協調性がない。養おうとすらしていない。自ら社会から孤立することを望むダメな人間だ。救いようもない。 「いけないこと、かな。嫌なことから、その、逃げるのって」 別に責められたわけでもないのに、練習に参加しないのはいけないことなのかと不安になって、気づけばそう聞いていた。宮内君に言っても困らせてしまうだけなのに。 校門を抜けて左に曲がる宮内君の側を俯きながら歩く。帰る方向が同じのようだ。嬉しいような気まずいような、そんな複雑な気持ちになった。宮内君はどう思っているのだろう。何も聞けない私がそれを知る方法なんてないけど。 「嫌なことから逃げるのは別に悪いことではないと思うけど、ただ逃げてるだけじゃ何も成長しねぇよ」 時には踏ん張る力も必要だろ、と彼は自分がそうだったかのように静かに言葉を零した。 嫌なことから逃げたり避けたりしていても、いつかは絶対に壁にぶつかるということだろうか。その壁は高くて大きくて分厚くて、簡単には逃げられないし簡単には避けられないのかもしれない。 「私、逃げてばっかだよ。嫌だから、苦手だから、とか、何かと理由をつけては、自分にとって都合の悪いことから、えっと、なんて言えばいいんだろ。離れようとしてる、でいいのかな」 まとまらなくて噛みまくりながらも、宮内君は急かすことなく黙って聞いてくれた。少し前を歩いている彼の表情は分からなかった。 カースト上位の宮内君と一緒に歩いて会話をしていることが不思議でならないし、周りから何か変な勘違いをされそうで恐ろしかった。早く距離を置いた方が得策かもしれない。 でも同じ方向に家があるみたいだし、このタイミングで宮内君に断って駆け出す方が逆に不自然に思われそうだった。急用ができたと嘘を吐くことも憚られる。 結局どうすることもできないまま、私は大人しく宮内君について行っていた。絶対に不釣り合いだ。陽キャと隠キャが一緒にいたらそれぞれの色を濃くする手助けをしているだけじゃないか。まさしく0と100だ。 「うん、知ってる。星羅っていつも自分の殻に閉じこもって人と関わるのを避けてるから」 「そう、だね。うん」 図星を突かれ、何も言い返せなくなる私。宮内君の言っていることは正しい。私は人と関わることを極端に避けている。1人がいい、1人が気楽。そう思って寂しさを紛らわしているだけ。本当は、1人じゃ何もできない無力な人間なのに。 私は一匹狼とは違うんだ。全然違う。あんなにかっこよく生きられない。その生き方を知らない。見習うことすらできない。私は地味なぼっちを極めてしまっているから。換言すれば、隠キャの典型だ。 底の見えない沼にどんどん沈んでいくような感覚。もがけばもがくほど嵌っていく。抜け出せない。何もできない。自分1人の力では。 不意に宮内君は立ち止まると、私を振り返った。迷いのないまっすぐな瞳と目が合う。黒目が綺麗だった。彼の目にはちゃんと私が映っていた。苦しそうな顔をした私が。 「星羅が無意識に作る壁、俺が壊してもいい?」 私と向き合おうとしてくれている。話をしようとしてくれている。変えさせようとしてくれている。それが伝わってきて、なんだか泣きそうになった。 鼻の奥がツンとするのを我慢しながら、私は小さく頷いた。自分から変わろうとしない限り、変わるものも変わらない。変えてくれるのを待つだなんてただの甘えだ。現実逃避だ。 「もし壁を壊せたら、俺が星羅を全力でサポートする。だからその時は、俺についてきて。絶対に後悔させないから」 私たちを照らす太陽が微笑んだような気がした。頬を撫でる風が応援してくれたような気がした。 私の色のない日常が、少しずつ、だけど確実に、明るい色に染められていく。宮内君のような輝かしい色に。
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