これが恋だと気づくまで

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これが恋だと気づくまで

1 残りの体育の数は、あとどれくらいだろう。指折り数えてみるけど、何度も往復しなければならず、溜息と共に数えるのをやめた。 今日の体育はクラスマッチの練習だった。しばらくはそれが続きそうだ。室内競技は女子のバレーと男女のバスケ。グラウンドでは男子のソフトボール。 運動が苦手な私にとってはバレーもバスケも出たくないけど、どちらかには出なければならないのが規則で。とても苦痛だ。本当に。 嫌々ながらも私が選んだのはバスケ。バレーはサーブやレシーブで迷惑をかけてしまうのが目に見えていた。かといってバスケだったら迷惑をかけない自信があるわけではないけど。 どっちを選んでも私のような運動音痴が足を引っ張ってしまうのが世の末だ。これはどうやったって変えられない事実。どんなに練習しても短期間で急に上手くなるわけではないのだ。 嫌だな。クラスマッチなんかやりたい人だけがやればいいのに。運動が苦手な人が楽しめる行事なわけがないじゃないか。必死にやっても周りに笑われて辱めを受けるだけだ。 心の中で悪態を吐きながらも、どっかの不良みたいにサボる勇気のない私は結局参加してしまうわけで。こういう時、不良っていいな、なんて思ってしまう。 主にパスとシュートの練習をしてから、男子のゲームが始まった。次に女子がするらしい。別にしなくてもいいのに。 周りの楽しそうなムードを壊さないよう小さく溜息を吐き出し、邪魔にならない所に座り込んだ。このまま授業を終えてしまいたい。 男子はみんな身体能力が高くて、バスケ部じゃない人もとても上手だった。あんなに動けたら心底楽しいだろう。 ぼんやりとボールを目で追いかけ、女子に大人気の宮内君にパスが渡ると、彼は綺麗なフォームでスリーポイントを決めた。総体の時と何も変わらないフォーム。 彼はきっと、誰よりもバスケが好きで、誰よりもあの試合を楽しんでいた。不思議と輝いて見えたし、バスケを愛する彼のことがかっこいいとさえ思ったんだ。 今もそう。彼は楽しそうにゲームをしている。普段はあまり表情が変わらないのに、バスケをしている時だけは笑顔を見せるんだ。チームの誰かが点を入れた時。自分が点を入れた時。 好きだな。宮内君がバスケをしている姿。ずっと見ていたい。いや、ずっと見ていられる。総体に誘われなかったら一生気づけないことだったかもしれない。 気づけば宮内君を目で追っていて、自分は一体何をしてるんだろうと溜息と共に視線を逸らした。目で追うなんてどうかしてる。 膝に顔を埋めて銅像みたいにじっとして、私は自分の殻に閉じこもった。このまま寝てしまおうか。 何も考えずに目を閉じていると、突然ガンッという何かがぶつかるような音が体育館内に響いた。それは私の目を覚まさせるのには十分だった。 何事かと音のした方を見やると、ゴールの周りに人だかりができていた。何やら歓声を上げている。 「ついにやりやがったな隼人。お前のことだから絶対できると思ってたんだよ」 「調子よくダンクシュート決めるなんて、自らモテポイント稼いでんじゃねぇよ」 「近くに気になる子がいるからってかっこつけんな」 どうやら宮内君がダンクシュートを決めたらしかった。高校生でそれができるなんて、凄まじい身体能力だ。 クラスメートの男子に揶揄を飛ばされる宮内君に、目をギラつかせた女子が詰め寄った。まるで聞き捨てならない言葉を聞いたみたいに。さながら獣のようだ。 「気になる子って誰」 モテモテな宮内君の気になる子を気にならない女子がいないわけがなく、誰か1人のその問いにほぼ全員が耳を傾けているような気さえした。 きっと気になる子というのは、総体の時に言っていた好きな人で間違いないだろう。私もそれが誰なのか気になりはするけど、底辺の私が出しゃばるものではなかった。 それよりも、ダンクシュートの方が気になって仕方がない。生でそれを見られる機会なんてほとんどないのに、バカな私は自分の殻に閉じこもってその記念すべき一瞬を見逃してしまった。割と本気で悔しい。 「いねぇよ、そんな奴」 「え、いないの。だったら私にもチャンスあるじゃん」 なぜか否定を示した宮内君が、突然こっちを振り返って私を見てきた。いや、見てきたように見えただけで、実際は違う人を見ているのかもしれない。 そう思って辺りを見回してみるけど、近くに私以外の人はいなかった。まさか、と思いながら宮内君に視線を戻すと、彼はもうこっちを見ていなかった。 「あんまり期待しない方がいいと思うけど」 「そんなこと言って諦めさせようとすんな。性格悪いぞ」 「そんなつもりはない。俺ちゃんと好きな人いるから」 「え?」 「嘘」 「マジで」 「誰だよ」 好きな人がいると躊躇いもなく告白した宮内君は、もう一度私の方を見て、それから「教えない」と自分の中だけで答えを留めた。 結局、男子のゲームが終わって女子に交代してからも、宮内君は自分の好きな人が誰なのかを一切明かさなかった。 人気者の好きな人。それだけで男子も女子も盛り上がるのは仕方のないことで。みんながみんな、あの子じゃない? この子じゃない? と予想し合っているのを見ていると、宮内君の言動には大きな影響力があるんだなと思った。 やっぱり凄い人だ、宮内君は。私とは比べ物にならない。いや、比べたらダメな人だ。 決して縮まらない大きくかけ離れた差。それを改めて見せつけられた気がした。
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