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「ぞくぞくするのはさ、やっぱ、惚れた人相手がいいって思うんだよ。俺、ただでさえ恋愛運無いのに、そこにぞくぞくする仕事を選んだらきっと恋愛まで気が回らなくなると思うんだ」
「へぇ! そういうもんじゃないって思うけどな、恋愛って」
「フィーリングだって言うんだろ? おっちゃん、俺はカッコいい生き方がしたいんだ。心中するなら相手は一つだよ。彼女か仕事」
(どういう育ち方したんだ、こいつ)
でもその考え方は気に入った。そこで気づく。
「お前、そういうの考えて整備士選ぶって言ってんのか?」
「そうだよ」
「そう甘いもんじゃないぞ、この業界も。整備士の資格ってのはな」
「国家試験通んなくちゃなんないんでしょ? そういうのは頑張るよ」
「整備士なら心中しないで済むのか?」
「塗装工ってさ、塗ってる世界に浸っちまうと思うんだ。俺が浸ると厄介なんだよ、他が目に入らなくなる。唯一の欠点だね」
日野は吹き出した。
「他に欠点が無いのか」
「無いって言うより、まだ発見してないってとこかな」
「お前っておかしなヤツだな。で、整備士なら浸らないのか?」
「だって浸ってる暇なんかないよ、あれこれ細かい仕事が多いし。そうすっと浸りたいものが欲しくなる。当然恋愛を考える」
いよいよ笑うしかなく、腰に痛みが走った。
「さて、もっと喋っていたいが病院が閉まっちまう。また来いよ。掃除ありがとな」
「いいってことよ」
さて、どうするか。
(時間余っちゃったな。今日は早く帰るか。ラーメン屋はかき入れ時に入るし、磯川さんももう仕事上がっちゃうだろうし。植木職の大谷さんは今日いないって言ってたよな。自治会長の谷山さんはお喋りだからこの時間でノられたら困るし………)
だから反抗期になる暇なんて無いわけだ。
(敵は母ちゃんだな。俺が大学に入るって決めてるし。ま、どうにかなるだろ)
あまり深刻に考える方じゃない。それほど人生の荒波にもまだ揉まれちゃいなかった。
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