洋一の物語(完)

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  「いるな。あそこの角とあの電柱の陰だ。多分中にもいるだろう」  あれからテルに電話して眠っている洋一からなんとかアパートの名前を聞き出させた。優作がどこを探しているにしろ、見張りが静かに立っているところを見るとまだ来ていないのは確かだ。 (あいつは漢気(おとこぎ)はあるが、頭が弱いのが玉に瑕だ)  そこが可愛くはあるが、事が終わったら優作をとっちめなくてはならない。しかもそれは初めてのことじゃない。 「弟が相手の組に捕まってからくりを喋られちゃ困るってのと、警察に駆けこまないように姉さんを押さえてるんだろうな。多分いるのは下っ端だ。上手くやれよ」 「そこは任せてください」  伴野は連れてきた若い男と二人、作業員姿でアパートに向かった。  目的の部屋は1階の奥、向こうから2軒目だ。手前の家から順繰りに回っていく。 「すみません、ブレーカーの点検と簡単な説明です。すぐ済みます」  中に入って2分も経たずに出て来る。伴野はそんな仕事も少々かじっていた。ブレーカーがちゃんと作動していること、夜、切れた時のためにブレーカーの位置を普段から把握しておくことなど簡単な注意だけして外に出る。 「ありがとうございまいした。何か困ったことがあったら電力会社の方にご連絡ください」  当たり障りの無いことを言って、被っている帽子のひさしに手をやりお辞儀をする。それを繰り返し、その部屋に近づいた。1軒は留守だった。 「すみません、電力会社の者です」  少しして若い女性が顔を出した。ドアを僅かに開けるだけ。 「ブレーカーの点検と簡単な説明です。すぐ済みますので」 「あの、困るんです」  怯えているのがはっきり分かる。 「2分ほどで済みますよ。ブレーカーの作動を調べてその説明をするだけです。今がだめなら上の階を回ってからもう一度来ますが。大体の時間が分かれば何度でも来ますよ」 「ちょっと待っててください」  いったん奥に引っ込む。ブレーカーの場所は玄関の上だ。中に入るわけじゃないと思うはずだ。何度も来られると思えばこの1回で入ることは出来るだろう。  少ししてまたドアが開いた。 「玄関で終わるんですよね?」 「そうですよ。すぐ終わります」 「じゃ、お願いします」  外で見張っている連中は中の男が判断したのだと思っているから特に動きを見せない。  2人の作業服が入ってすぐに台所の窓が開いた。そこからかなりの煙が出てくる。グレーでもくもくと出てくる煙に外の2人が敏感に反応した。動こうとする矢先に大声が響く。 「火事だ!!」 「逃げろっ!」  アパートの反対側からも煙が上がって見える。中から何人かの人が飛び出してきたが、周りが騒然となり始め下手に見張り2人が近づけずにいる。 「誰か消防署に電話してくれ!」 「火事よー!」  騒ぎの中で2人の男に支えられるようにして1人の若い女性がイチの車に走り込んだ。気づいた見張りの男たちが駆けてくるが間に合わず、イチがアクセルをふかした頃にやっと自分たちの車に走って行った。  
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