洋一の物語(完)

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  「洋一っ!」  座り込んで体を掴もうとする春香を園田が止めた。 「せっかく出血が止まったんだ、今は眠らせといてくれ」 「あなたは?」 「これでも医者だよ。怪しいおっさんに見えるがな」  イチがにやっと笑う。 「イチ、お前の傷を縫う時はなるべく痕が残るようにしてやるよ」  別の和室に案内するとテルがお茶を持って来た。それを一口飲んでほぉっと息を吐いた。 「顔見て安心したか?」 「どうしてこんなことに……」 「あの連中は何も言わなかったのか?」  イチの言葉に春香は首を振った。 「ただじゃおかないとか、裏切者とか…… 仕事は休めって」 「そうか。なら洋一が説明するまで待ってやってくれ。俺たちは余計なことを言いたくない。ただ、しばらくはここにいてほしい。洋一が元気になったら後のことは自分たちで考えればいいから」 「あの……お金も何も持ってきてなくって……さっきのお医者さんにも払えないです」 「それは考えなくていいよ。身の回りのことは女将さんに話しとくから相談に乗ってもらえばいい」  さっきまでアパートに一緒にいた男に比べれば物騒な人たちには見えない。それに洋一の面倒を見てもらっている。 「せめてみなさんが誰なのか洋一がどうなってるのかだけ教えてください」 「倒れてる洋一をここのもんが見つけて拾ってきたんだ。それが洋一だった。腹を刺されてたよ」  春香が息を呑む。 「でももう大丈夫だ。一度は飯も食った。あんたは弟の世話をしててくれりゃいい。俺たちは『三途川組』っていうヤクザ一家だ」  今度は春香の顔が蒼褪めた。 「だがこの家にはヤクザもんじゃないただの居候たちがいるだけだ。みんな気のいい連中だから気にすることはない。ここでヤクザもんは俺だけだ」  やっとほっとしたらしい、春香から怯えが消えた。 「さて、後は優作を回収してこなくちゃなんねぇな。桜華組にでも突っ込んで行かれちゃ堪んねぇ」  
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