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洋一は目を覚ますと自分の手を握っている相手の顔を認めるのに時間がかかった。
「姉ちゃん……」
「よか……った…… 洋一! 良かったよぉ、目を覚まさないかもしれないって心配で心配で……良かった」
自分の手を握る手が震えている。
「ごめん……こんな風に心配かけるつもり、無かったんだ」
「いいの、無事だったから」
「なんでここに?」
「イチさんと言う人が助けてくれたの。アパートから連れ出してくれた」
「イチさんが……」
信用しなかったのに。『悪いようにはしない』『手を切らせてやる』そう言ってくれたのに。
「イチさん、分かんないことがあるんだけどね」
テルはずっと疑問に思っていた。
「なんで桜華組が売人から買う方のヤクをスらせたのかな。そしたらもう一度そこから買うでしょ。相手の儲けが増えるだけじゃないかって思うんだけど」
「多分その客を横取りしてるんだろうな。ヤクを取られちゃ客は焦る。その時に目の前にヤクを出されりゃ飛びつくだろう。スる相手を特定できているんだ、後は簡単だよ、そいつに初回は格安にしとくとか言って供給源のルートを変えるんだ」
「でも元の売人に泣きついたら?」
「そういう客には元の売人は高い金を吹っ掛けるだろうな、足元を見る。なら格安って言われた方に飛びつく」
「で、桜華組に客が流れる……」
そこまで行ってテルはまじまじとイチを見つめた。
「なんだよ」
「いや、普段は感じないけど。イチさんってやっぱりヤクザなんだなって思ったんだよ。そんなことをスラっと言えるなんてさ」
「なに今さら言ってんだよ。俺がヤクザだってことは分かってる話だろ」
「……つくづく怖い世界だ、ヤクザの世界って」
「そう思うならさっさとここから自立すべきだな。親父っさんはそのために手を貸してくれてんだから」
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