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時が経った。ある日親父っさんがみんなを呼んだ。
「親父っさん、本気で言ってんですか?」
「本気だ」
突然の話に居候八人衆は言葉を失う。
「もういい頃合いだ、自分の道を探すんだ。お前たちは充分独り立ち出来るはずだ。年明けにはもうここを出ろ。いいな?」
途方に暮れたような顔のカジ、のんの、テル、源、洋一、ナッチ、そして優作。まだ今は7月。年明けにはずい分と間がある。だが独り立ちの準備をするにはそれくらいの時間は必要だ。
カジは息子の勇太が成人して以来、養育費の送金の必要も無くなり、田久保建設で監督の補佐を任されている。いつでも独立出来るのだが、三途川家を去りがたくて目を逸らしていた。
のんのは塾講師として本格的に迎え入れたいと今年の2月から言われている。源も今はスーパーの店員としてしっかり収入を得ているからいつでも新しい生活を始められる。
ナッチは親父っさんに叱り飛ばされてビジネス専門学校に通って社労士の資格を得た。今は三途川家から通勤してそれなりの企業で労務の仕事に慣れてきたところだ。
テルも洋一もそれなりに収入を得ている。優作は……
親父っさんはよくみんなに独立を促していたが、今回は厳しかった。
「いつまでもお前たちを食わしているほど、俺はモノ好きじゃねぇんだ。まして慈善家じゃねぇ。若いのを面倒見んのはお前たちが終いだと思っている。ここに残んのはイチだけってことになる。しっかり先を決めて早いうちにここから出て行くんだ」
のんの(30歳)と源(27歳)が結論を出すのは早かった。塾もスーパーもこの町だ。いつでも三途川の家には来ることが出来る。二人で出勤しやすい場所にマンションを借りてそこに越すことにした。引っ越しは9月。
ナッチ(25歳)は会社の近くにマンションを借りることにした。ちょうど同じ職場の女性社員とつき合いも始めているから話は早かった。引っ越しは10月頭。
カジ(44歳)は散々迷った。そして田久保社長に頭を下げた。
「もったいないよ、カジさん」
「親父っさんのそばを離れることは出来ないです…… 忙しい時は声、かけてください」
本格的に三途川組員になることを選んだ。
洋一(27歳)。元々親父っさんたちに拾ってもらった命だ。最初から組員になることを決めていた心を変えることは無かった。
テル(39歳)は、みんなてっきり出て行くのだと思っていた。
「のんのもいなくなるんだから、まともなヤクザが一人くらいいないとな」
そう笑って残ることを決めた。親父っさんの元を離れる気は最初から無かったのだ。
そして、優作(31歳)。
「おい、お前いったいどうするつもりだ」
イチ(38歳)が困ったような顔で優作に聞いたのが11月初め。3人が去ってこの家もかなり静かになった。ナッチや源の明るい声が聞けないのは寂しいが、本来はヤクザ組長の本家。寂しいなどという浮ついた感情は不要だ。
「どうするって、何が?」
「親父っさんが言ったろ? 年明けにはここから」
「え、あれって俺も入ってんの?」
「バカか、お前は。お前なんか特にヤクザなんて不向きだろうが」
喧嘩っ早いし前後を考えるのが苦手な男だが、優作には深い情がある。カジもテルも洋一もヤクザが何かを本質的に知っている。
「俺、行くとこなんかねぇよ。知ってるだろ、イチさんも」
「だからそれなら世話してやるって言ってんだ。千郷ちゃんだって安定した生活を望んでるだろ? この前子どもが欲しいって言ってたぞ」
「千郷とは別れるつもりなんだ」
「どうして! あんなにいい子なのに」
「いい子過ぎるんだよ。俺にはもったいねぇ。ここに残るつもりだ、女は要らねぇ」
「……お前はバカだ、本当に」
「今さら。俺は元っからバカだよ」
にっと笑った優作に、それ以上のことはイチも言わなかった。イチから親父っさんにそれは伝わったらしく、それ以上の話は何も無かった。
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