286人が本棚に入れています
本棚に追加
「太々しいガキだな、泣きも騒ぎもしねぇ」
「さすが三途川の孫か?」
(事務所に入られちゃ相手が増える)
男たちが入り口に差し掛かる前に優作は背を低くして突っ走った。突然の男の出現に男たちの反応が遅れた。無言で穂高を引っ抱えて走り抜けた。穂高は優作を見上げると首に両手をかけた。
(これなら走りやすい!)
暗がり、暗がりへと走る。後ろから怒号が聞こえる、ばらばらと足音も響く。自分の車には戻れない、逆方向に向かっている。
(真っ直ぐ行けば防波堤だ、逃げ場が無くなる)
乱れる息の中で穂高を見ずに喋った。
「若、俺が、引きつける。明るい通りを、目指してください。タクシーで」
三途川の本宅はまずい。穂高の自宅にも誰か張りついているかもしれない。
(信用出来て東井たちの分かんねぇところ)
すぐに決まった。日頃犬猿の仲でもいざとなれば誰よりも信用できる相手。
「どこも、危ないんだ、花んち、分かりますか?」
「分かる」
「タクシーで、そこに。いいですか?」
「優作は?」
「俺は、大丈夫。ほら、バカって、丈夫が、取り柄だから」
穂高がしがみつく。
「優作、帰って来るよね?」
「もちろん! 若にまだ、分数ってヤツ、教えてもらって、ないですからね、あれの方が、よっぽど厄介だ」
優作の胸で穂高が笑顔になる。優作は嘘をつかない。だから帰って来る。
「あそこ! 分かりますか!? 右っ側に草が、ぼうぼう生えてる。痛いだろうけど、あの中に若と財布と、携帯を投げます。だから花んとこへ! 俺は突っ走る。誰も、来なくなったら、そのままずっと右に。大通りに、出ますから!」
「分かった」
穂高はしっかり頷いた。もたつけば優作の身を危なくする。
「行くぞ!」
街灯と街灯の合間。優作は一瞬で穂高を藪の中に投げ込んだ。尻のポケットから抜いたサイフも携帯も投げた。そのまま走って行く。穂高は痛む体を動かさず、じっと待った。
最初のコメントを投稿しよう!