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よろりと立ち上がった。男たちに背を向ける。這うのではなく、撃たれた足を引きずって波の音に惹かれるように歩く。
「おいおい、バカか、あいつ。海に逃げる気だぜ」
「行かせりゃいい、ほら、歩け」
足元にまた銃声が鳴る。優作は歩き続けた。
「面白れぇ、どこまで歩けるか見てようぜ」
人生を抗って生きてきた。そんな自分を掴んでくれたのは三途川勝蔵だ、イチだ、カジだ、テルだ……
花の顔が浮かぶ。お嬢、女将さん、順番は滅茶苦茶だ。倒れて、また立ち上がる。男たちがその後ろを面白そうに歩いてついてくる。
「どこまで行ったって死ぬだけだ、その辺で助けてくれって泣いてみろよ」
(わら、わせんな……みっともねぇ、ことはきれぇだ……)
頭の中に波音がわんわんと響く。その中で背中に衝撃を受けた。それが何か分からない。
『ゆうさく!』
(わか、かえるから、)
『ゆうさく』
(親父っさん……)
そして。
『優作! 俺はお前を待ってる。俺のところに真っ直ぐに来るんだ。忘れるな、俺がいるんだってことを』
(せんせぇ、おれ、どっかまちがったかな……)
倒れた。男たちの足音が周りを囲む。撃たれた背中、足を蹴られた。蹴って蹴って、優作の体が防波堤の縁に転がる。
「泳げるもんなら泳いでみな!」
そのまま蹴り飛ばされて優作の体が落ちた。
(親父っさん…… イチさん…… すまねぇ……)
顔が浮かぶ、ただ一つの顔。
『優作。俺と一緒に住まないか?』
(くぼき、せんせ、くぼ……)
意識を手離した。ゆっくりと闇に包まれて行った。
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