優作の物語(完)

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  「マリエっ! 出かけてくる!」  いつもと違う花の様子に真理恵はすぐに玄関に来た。 「何かあったの?」 「時間がないんだ。悪いけど帰ったらすぐに飯食えるようにしといてくれる? おにぎりとかそんなもんでいいから。チビすけを一人連れて来る。後、風呂の用意と…… 1時間くらいで帰る。頼むな」  そのまま飛び出して行った花を見送って、真理恵はすぐに食事の支度を始めた。 『高野台駅のデカい交番の前』それだけで運転手は分かってくれた。 「ああ、あの丸い交番ね。ちょっと遠いけどお金は大丈夫かな?」 「大丈夫、お願い、急いでるんです」 「分かったよ、抜け道知ってるから」  あまりあれこれ詮索してこない。穂高はほっとした。聞かれてもどう答えていいか分からない。攫われて逃げて、逃がしてくれた優作はヤクザに追われていて。ただ、早く『花おじちゃん』の顔を見たかった。 『高野台駅のデカい交番の前』は丸くて大きい。何よりいいのは、前面がガラス張りだからその外に立っていれば何も怖いものが無い。中には警官がいつも6,7人いる。  先に着いた穂高がじりじりしているところに、近くのパーキングに車を突っ込んだ花が走って来た。姿を見るなり穂高も走った。こんな穂高を見るのは初めてだ。花に飛びついて、声を押し殺すようにぎゅっと顔をつけ震えながら泣いている。  しばらく抱きしめて花はしゃがむとハンカチで穂高の顔を拭いた。にこっと笑う。 「行こう。車の中で話を聞かせて」  ハンドルを握る手に力が入る。泣きながら穂高は今夜のことを話した。 「じゃ、帰れないな…… 取り敢えず花おじちゃんとこに行こうな」  穂高は自分を責めていた。優作がどうなったか分からない。どうなったとしてもそれは自分のせいだ。花は穂高の頭に手を載せた。 「穂高、優作を甘く見てるぞ。優作は何があったってへらっと笑ってるヤツだ。きっと帰って来る。それに穂高は何も悪くないよ。親父っさんのとこと行き来してるんだからヤクザの世界がどういうものか、誰よりも分かってるだろ? 優作に取っちゃ穂高の安全を守ることが何より大事なんだよ。もし穂高に何かあったら優作は…… な、分かるよな?」 (泳げないクセに子どもたちのためにプールに飛び込むようなバカだ、無茶するな、優作!)  連れ帰った穂高を見て真理恵は息を呑んだ。 「悪い、泥だらけだから風呂入れてやってくれ。お握りは?」 「大丈夫、お味噌汁も卵焼きも用意したよ」  穂高は風呂に入るのを怖がった。無理もない、体を拭いて服を着ている最中に男がぬっと入って来た。怯える顔を見て、花はすぐに上着を脱いだ。 「花おじちゃんと入ろう。マリエ、悪いけど子どもたちには言わないでくれる?」 「大丈夫だよ、花くんが出かけてる間に寝ちゃったから」  今はもう11時だ。  穂高は花に頭から泥だらけの体を洗い流してもらった。 「怪我してるな、出たら消毒しような」  口数少なく穂高は頷いた。   
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