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「こんばんはー、池ちゃん。俺、哲平」
『哲平!』
こんな喋り方を哲平はしない。池沢はピンときた。哲平が一方的に喋る。
「預かりものあるんだけど、相変わらずどたばたと忙しいんだろ? しばらくこっちで保管しとくよ。そう言えば兄ちゃんの具合が良くないんだ。海の近くに静養に行ったらしいけどどうも厳しいみたいなんだ。そっちでも話しといてくれる? 急いだ方がいいかもしんない。よくなったら電話くれよ。じゃな」
(分かるかな…… 分かってくれるよな、三途さんもいるんだし。優作……無事でいろよ!)
祈るだけなのがもどかしい。万一の場合に備えて哲平も最小限の荷造りを始めた。
「誰?」
「哲平だ。預かりもの、保管しといてくれるそうだ」
「それ…… 良かった……」
二人はしっかりと抱き合った。ありさの頬が濡れる。
間を置かず親父っさんの指示がカジに飛んでいた。
パトカーのサイレンが聞こえた時点で親父っさんは「カジ!」と叫んで、2階に視線をやった。ありさたちの移動だ。
「お嬢、隆生さん、これからお連れするのは堅気の家です。女将さんの縁のあるところだから気兼ねなくゆっくり出来ます。若はすぐに探しますから」
「穂高は安全なところにいるわ。さっき連絡があったの」
「ホントですか!? じゃ、優作も無事で?」
池沢が後を引き取った。
「いや、一緒じゃないらしい。海の近く、具合が悪い、厳しい、急いだ方がいい、哲平がそう言っていた」
「哲平さんが…… 分かりました、後はこっちでやります。連中はまだ若を狙ってるかもしれない。しばらく一緒にいない方がいい」
「穂高のことは心配しないで、大丈夫だから。しばらく哲平に任せておこうと思うの」
「じゃ、聞きません。何があるか分かんないですからね。親父っさんには無事だとだけ伝えます。組のもんとも連絡、取らないでください」
乱入者はあらかた押さえたが、抜け出た者もいる。まだどうなるか分からない。カジは三人を連れてすぐに裏口から外の駐車場に向かった。
「乗ってください!」
双葉は池沢が抱いてありさと一緒に後ろに乗った。5分ほどぐるぐるとあちこちの路地を入って、ある自動車修理工場に車を突っ込んだ。
ドンドン! と裏口を叩く。少し待つと、明かりは点かずにドアが開いた。
「頼む!」
「こっちだ」
こんな時のためにと、この工場の主はいつも予備の車を置いている。すぐにキーを渡された。
「もしかしてパトカーは?」
「そうだ」
「車、すぐに解体するから。気をつけて」
「頼んだ」
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