286人が本棚に入れています
本棚に追加
向こうを向いているのを尻目にして、のんのは黙ってその横で食べ始めた。みそ汁の匂いが部屋に立ち込める。卵とウィンナーの炒めた匂いがそれに混じる。若者の腹がぐぅっと鳴った。笑いたいのを堪えてのんのは食べ続けた。腹の鳴る音が大きくなってくる。
「いい加減、意地張るのやめたらどうだ? 美味いぞ」
少し身動きしたがまだこっちを向かない。その鼻先に海苔を巻いたお握りを置いた。必死に我慢しているらしい様子が可愛い。
とうとう、のんのは箸を置いて笑い出した。
「頑張るな! たいしたもんだ、その意地っ張り。な、食ってる最中だけでいい、休戦しないか? 俺が作ったんだ、簡単だが美味いぞ、ホントに」
ほんの少しの間を置いて、若者はガバっと起き上がった。背中を見せたままお握りをパクついている。
「おい、喉につかえるぞ。みそ汁も飲め」
今度は開き直ったようにこっちを向いて、すごい勢いで食べ始めた。あっという間に消えていくから、のんのは自分のお握りも若者に差し出した。のんのの目を見る。
「食えよ、俺はもう腹いっぱいだ」
ちょっと頷くとそのお握りも掴んで食べ始めた。
「お前、いつから食ってないんだ?」
「おととい」
「金が無いのか?」
それには答えない。
「家、あるか?」
今度は頷いた。
「じゃ、家の人が心配するだろう。夕方までいろよ、その後送ってやる」
箸が止まった。のんのは話題を変えた。
「名前は?」
「……源太」
「俺は野々之男だ。言いにくいだろ? 『のののりお』こんな名前、俺は親を恨むよ。ここでは『のんの』って呼ばれてる」
「……すごい名前なんだね」
「漢字ならいいんだけど、ひらがなじゃ書きたくないんだよ。フリガナを書けって時にカタカナだと余計始末が悪い。『ノノノリオ』。締まりがない」
想像したのだろう、源太の顔に笑みが浮かんだ。
最初のコメントを投稿しよう!