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「これであんたは俺の客になった。そこでビジネスだ。この家、幾らで売る?」
「え……?」
頭が追いついていない。立て続けに恐ろしい目に遭って、幾らで家を売るのかを聞かれている。なんと答えればいいのか……
「どうした? 俺がこの家を買うって言ってるんだ、幾らで売るか決めろ」
「いくら、って……」
「かなりの中古だ。ローンが無いってのだけが取り柄か。建蔽率が変わったから建て直しも出来ねぇしな。さ、幾らだ?」
こんな状況で謙一の頭の中がまとまるわけがない。咄嗟に思いつく金額が……
「350万! そしたら借金消えるんでしょう!?」
カジは吹き出し、イチは笑い出した。
「俺は構わねぇがな。お前、その後無一文になる気か? 家一軒売るってのにずい分気前がいい」
謙一がハッとした顔になる。
「あの! 今のは、間違いで!」
「聞かなかったことにしてやるよ。そこまでこっちはアコギじゃねぇんだ。それで?」
「3千万なら」
すぐにイチが立ち上がり謙一の頬を張った。
「新築のつもりか? さっきの350万でもいいんだぞ!」
「すみませんっ!」
「幾らだ!?」
「1千万……」
もう消え入るような声だ。
「そうか。分かった」
(こいつ、借金引いたら手元に650万しか残んねぇのに)
さすがにカジも謙一が哀れになってくる。
謙一の目の前にバッグから取り出した帯封の札束をイチが一つずつ積んで行った。
「100、200.300……」
目の前の福沢諭吉に頭がくらくらしているらしい。謙一から言葉が出ない。
「で、これで650万だ」
(親父っさんが言ってた2本って、2千万のことじゃねぇのか?)
「これでさっきの借金はチャラになった」
手元にある書いたばかりの借用証書を謙一の目の前で破り捨てた。
「あ、ありがとうございます!」
(お前、今650万でこの家を売ったんだぞ)
教えてやりたくなる。何度も礼を言って頭を下げるその姿に。
「これは俺の恩情だ」
イチはさらにその札束の上に追加の束を載せた。350万。これで全部で1千万。
「その代わり、条件がある。そのための恩情だ。お前は1週間以内に東京を出ろ。どこか田舎にでも引っ越せ。もしチラッとでもその姿を見かけたらただじゃおかねぇ。さ、次の誓約書を書いてもらおうか」
今度は言われるがままにすぐに書いた。
『私、東謙一は1週間以内に東京から去ることを条件で須藤一郎様に350万を無期限無利子で借用いたします。約束を違えて東京に戻った場合、速やかに350万円を一括払いにて返済いたします』
そして、今日の日付と母印。
「1週間後、ウチのもん引き連れてここに来る。もちろんお前はいないよな?」
「はい! いません!」
「ならいい。邪魔したな。カジ、帰るぞ」
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