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車の中でカジは喋らなかった。
「どうした、喋る気分じゃねぇのか?」
「……イチさんはヤクザっだったんだなって」
イチは運転しているカジの横顔を見た。
「引いたのか? もう俺とやっていけねぇって」
「違う。ただ……似たようなことをしてても違うんだって思い知らされたよ。覚悟ってヤツかな。俺は正直どっちつかずで親父っさんにくっついて動いてる。イチさんはあの組の中に自分を持ってるんだな」
「そりゃな。俺には他に生きる道はねぇって思っている。親父っさんに救われたんだ、だから親父っさんに従う。それだけだ」
カジはさっきのやり取りで気になっていることがあった。
「聞いていいか?」
「なんでも」
「親父っさんは2本って言ったよな、それって2千万ってことだろ?」
「そうだ」
「出すって意味じゃなかったのか?」
「2千万を? まさか! その中で収めろって話だ。そこは俺の裁量になる。組に損させずにまとめりゃそれは俺の手柄だ。あのな、何もせずただ親父っさんに認められたっていうだけじゃ幹部なんかやってらんねぇんだ。あいつには1,350万かけた。他のヤツなら最初にヤツが言った350万で家を取り上げる。俺は……まだ甘いんだ、そういうとこが」
(あれで甘いのか……ヤクザってそういうもんか。親父っさんのとこでさえ)
改めて親父っさんがヤクザだということを認識する。
「でも親父っさんは俺たちに見返りを要求してこない……」
「お前たちはヤクザじゃねぇ。ごっちゃにすんな」
家に着いて親父っさんに報告に行った。
「そうか、350万でいいってか」
「すみません、俺1,350万で片を付けました」
「いや、いい。よくやった、イチ。1千万で人生やり直す機会を手に入れたと思えば良し。そう思わねぇほどバカならもう救う価値なんぞねぇ」
その言葉でカジはもう一つ奥の親父っさんの考えがやっと分かった。
(親父っさん、あの謙一ってヤツにも立ち直るチャンスをやったのか……)
「最初っから……そのつもりだったんですか? 兄貴の方も助けるって」
「源太の身内じゃねぇなら捨ててる。だがウチの居候の兄貴だからな。これなら源太も安心して兄貴から離れられるだろう」
「……ありがとうございます!」
カジは全部見越していた親父っさんを改めて有難いと思った。ヤクザはヤクザだ。やはりそういう世界には違いない。だが、三途川勝蔵は筋を通す男なのだ。他のヤクザもんとは違う。
「で、手続きの方は?」
「そっちは明日朝早くに財務の桃井が動く。登記簿と公正証書もな。カジ、ヤツには自分の物だけ持ち出していいと伝える。1週間したら源太を連れて行ってやれ。取っておきたいものもあるだろう。その後はウチの『休憩所』として使う」
『休憩所』とは避難所のことだ。どこで対抗組織や警察に追われるかもしれない。そういった連中を退避させるためにそんなところを抑えてある。組との関係も分からないからそこに逃げ込めば追手を躱せるということだ。その位置は幹部しか知らない。それぞれの組でそういう場所を持っている。柴山もそうだ。
「時々源太を掃除に行かせろ。本人がイヤだと言うまであそこの管理を任せる」
源太は自分の家を失いはしたが、思い出は消えない。家に入れば嫌なことだけではなくいい思い出も蘇るだろう。
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