のんのと源の物語(完)

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  「のんのさん」 「なんだ?」 「俺、戻んなくて良かったんだよな? 兄ちゃんのとこ」 「そうだ、それで良かったんだ。辛いか?」 「うん……今は…… カツ弁当、買ってあげたかった……最後っくらい」 「いつか。いつかその気持ち、兄貴に届くよ。それを信じてやれ。世の中に兄貴を信じることが出来る人間はきっとお前だけだ。きっと立ち直る。自分の人生を見つける」  下を向く源太の顎を持ち上げた。 「お前はもう下を向くな。一緒に先を考えて行こう。一つ礼を言わせてほしい。お前のお蔭で決心がついたことがあるんだ。俺には難しいことだったんだけど……ありがとう」  訝しい目で見る源太の瞳をのんのは優しく見つめた。 (明日。藤田に謝ろう。許してもらえなくたっていい、それは当然なんだ。 けど、ちゃんと謝りたい) 「源太、俺はお前が眩しく見えるよ。テルさんは厳しいこと言ったし、その通りだと思ってる。でもお前は逃げずに頑張ったんだよな。よく生きてきたな。良かった。本当に良かった」  それがなんなのか、のんのにはよく分からない衝動だった。今の言葉で潤んだ瞳の源太を抱き締めずにいられなかった。そしてその唇に自分の唇を重ねた。源太の体がビクン! と硬直する。慌てて離した。 「ごめん! なにやってんだ、俺は…… 部屋、他に変えてもらうから。悪い、今の忘れてくれ」 「のんのさん……」 「悪かった。もし同じ家が嫌なら俺から親父っさんに言う。アパート探すよ。だからお前は」 「のんのさん!」  その強い口調に言葉が止まる。 「あの、びっくりしたけど……いやじゃなかったです…… 俺も変なのかな、自分で何言ってんのか分かんなくなっちゃった…… でも、部屋。今のままでいいです!」  きっぱりと言い切る源太がさらに輝いて見えた。 「いいのか? ホントに……」  さっきの思いがどうなるのか何だったのかは分からないが、消える保障なんて無い。責任を持てない、年上として。 「のんのさん、初対面からずっと俺のことだけ考えてくれた。そんな人、初めてだった。自分のことよく分かってないけど。でも俺はのんのさんが好きです!」  一緒に暮らしていくうちにのんのと源太は自然とそんな仲になっていった。源太は月に二度、家を掃除に行く。全部の窓を開けて換気し、電気、ガス、水道がちゃんと使えることを確認する。布団や消耗品の管理は組でやってくれるから庭を掃除したり、窓を拭いたり。表札は『東富雄』のままだ。その方が組としては隠れ蓑になる。管理費として源太は月に5万の給料をもらった。  行ける時にはのんのも一緒に行った。源太の両親の墓参りにも一緒に行く。  源太はのんのに勉強を教わった。通信制で高卒の資格を取るためだ。源太の将来をもっと広げてやりたいという気持ちからだった。3年で78単位を取り、親父っさんのお蔭で特別活動にもきちんと参加できた。  卒業の日にはとっくに成人していたから夜遅くまで祝いの宴会が続いた。源太の隣にはいつものんのがいる。兄がどうなったのか、源太は知らない。親父っさんかイチに聞けば教えてくれるだろう。けれどもう後ろを振り返らないと決めた。辛くなって過去が這いずり出そうになると、そこにはのんのが立ち塞がってくれた。  のんのはあれから2度、藤田に電話で謝罪した。驕っていた、独りよがりだった、申し訳なかった、自分が馬鹿だった……  けれどその言葉は届かなかった。 『もう二度と声を聞きたくない』  そう言われ、どんなに酷いことを言ったのか改めて悔いた。痛みは少しずつ和らぐだろうが、傷はきっと残るだろう。 (俺はその傷を戒めとしなきゃならない。消えなくていいんだ、また繰り返さないようにするために)  三途川の家を出て二人で住むようになり、そして優作が死にかけたことを知った。すぐにのんのはテルに電話をかけたが怒鳴られただけだった。 『関わるんじゃねぇ! お前たちは一般人だ、ヤクザとつるむんじゃねぇ!』  源太は冷たい人だと思わずにいられなかった。『あの優作』が死にかけたのだ、気にかかるに決まっている。 「源太、理解しろ。みんな俺たちを大事に思ってくれてるんだ。今回のことは抗争だ。近寄れば俺たちにも飛び火してくる。それをテルさんは心配してくれたんだよ」 「でも、優作に会いたいよ……」 「騒ぎが治まってほとぼりがさめたら、そしたら会いに行こう。また元気だけが取り柄の優作に『よく生きててくれたな』って一緒に言おうな」  二人は大将とジェイがやったように養子縁組をして家族になった。その時には親父っさんからたくさんの祝い物が届いた。  ――完――   
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