テルの物語(完)

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  「いきなりこんな所に連れて来られて魂消てるんだろ。だが怖がることはねぇからな。経緯(いきさつ)ってヤツを話すから黙って聞いてろ」  頷いた。それを一番聞きたい。 「保護観察官の竹田も保護司の椎名も俺とは懇意だ。訳ありの年少出は俺んとこに回される。望みのあるヤツだ。直に俺んとこに預けるわけにはいかないんでな、和泉んとこでまず預かる。保護司との定期的な面接は和泉んとこで受けるが、それ以外はここで過ごす。きっちり二十歳(はたち)までは決まりを守って過ごすことになる」  ちゃんとした説明をされているのだ、目を見て頷いた。 「お前は真面目だな。いい子だ。今日から俺が親代わりだ。少しお前のことを聞いた。親父さんに会いたくねぇらしいな。まずそれを聞かしちゃくれねぇか? どうして会いたくねぇんだ?」  そこから時間が空く。勝蔵は急かさない。順一が話すのをただ待っていた。ここに来る者で訳ありじゃない者はいない。相手によっちゃ食い潰すような勢いで畳みかけるが順一はそうしてはいけない子どもだと感じた。 「俺…… 父さんを…… まともに見れなくて……」  また間が空く。 「父さんはゴミ収集の仕事をしてました。誇りを持って。俺もそれを恥ずかしいと思ったこと、無いです。父さんは…… 立派で、堂々としてて…… けどその仕事のせいでイジメに遭って…… でもそんなのどうでも良かった。何言われたって恥じることないんだから。恥じたら父さんに対する裏切りなんだ。小学校ん時からそんな目に遭ってたけど、気にしてなかった、相手が馬鹿に思えた」  勝蔵はじっと聞いていた。 「でも高校に入って…… 好きな子が出来て…… 俺じゃなくってその子がイジメられて…… 別れました。それでその子へのイジメが終わると思ったから。……思ったんだ、俺だけの問題だし別れたんだから。でも終わんなかった、その子はイジメられ続けた。だから転校していった。俺、悪いことしてない、なんでその子がそんな目に遭うのか、なんで父さんを知りもしないくせに悪く言うのか、俺にはてんで分からなかった、ゴミ収集は世の中で大事な仕事だって胸張って言う父さんはいつも眩しくて、俺は父さんが大好きで、でも誰もそんなこと認めちゃくれない! 俺は…… 怖くなった、俺と仲良くなるとそいつがどんな目に遭うか分からない、でもどうして? なんで? みんなが敵になった、俺はそんなつもり無かったのに」  唇が震えていた。声は途中で上ずったり涙交じりで変な声になったり。でも勝蔵は静かに聞いていた。 「体育館の用具入れで突き飛ばされて……背中と腕に……『ゴミや じゅんいち』って彫られた」  勝蔵の体がピクリと動いた。ギリっと歯ぎしりの音が聞こえる。 「父さんは俺のせいであんなに頑張ってた誇りを持っていた仕事を…… 辞めたんだ。俺がそんなことをされたせいで父さんは仕事を捨てた……」 「なのに…… 俺に『済まなかった、悪かった』って言うんだ。父さんは何も悪くないのに。それが凄く辛かった。勉強も頑張ったんだ、けどみんな笑う、誰もが笑う、階段で笑い声が聞こえた時俺のことを笑ったんだと思ったんだ、だから殴った、もう笑われんの嫌だった、俺じゃない、父さんが笑われてる、父さんが…… 俺だけじゃない、あの子まで、父さんまでそんな目に遭わせた連中が憎くなった、殺してやりたいと思った」  激情が迸った。涙も鼻水も流れていた。拳が膝の上で固くなり震える。 「でもそいつ、俺のこと笑ったんじゃなかったんだ…… 俺のことじゃなかった…… 俺は…… 怖くて、すごく怖くなって。俺はそいつを殴った時に父さんを裏切ったんだ…… 言われて笑われて腹が立つって…… 認めたようなもんだ。そうじゃなきゃ怯えたり怒ったりするわけ無いんだから…… 俺は何がいけなかったのか今も分かんないです。俺が取り返しのつかないことをしたせいでまた父さんは仕事を変えることになって…… 会わせる顔なんか無い、どう謝っていいのか分かんない、どう償えばいいのか分かんない…… 会えないよ、父さんに……」  
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