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入った途端に声をかけられた。篤が言った通り、がらの悪そうな男だ。
「お前が梶野か。親父っさんがお待ちだ。来い」
ドスの利いた声とはこのことだと思う。返事も出来ずに後ろをついて行った。
(すげぇ……)
廊下の両脇の部屋を見る。とにかく広い。圧倒されるような部屋が広がる。そして隅々まで掃除が行き届いていた。
通された部屋には組長が座っていた。
「来たか。まぁ、座れ」
座布団があったがそれには座らず頭を下げた。
「入院中は世話になりました。ありがとうございました。帰ったら一日も早く仕事ができるように頑張ってリハビリします」
「そのことだがな」
「はい」
「アパートは引き払った。誰も住まねぇ空き家に家賃払うのももったいねぇ」
何を言われているのか分からない。
(帰るところが……無い?)
「あんまりです! あそこ追い出されたらどこに住めばいいんですか! そりゃ働きが無いから文句言う立場じゃないだろうけど」
「落ち着け。お前の住むとこならある。ここだ。後で部屋に案内させる。まだ肩もまともじゃない。自分の世話さえままらなねぇだろ? おい! 千津子!」
「はいよ」
奥から貫禄のある女性が出てきた。小柄なのにやたら迫力があって『やくざの女房』その表現がぴったりだ。
「俺の女房の千津子だ。後のことはこいつに任せてある。俺は出かけなきゃならないんでな。千津子、こいつが梶野だ。後は頼む」
事の成り行きに頭が追いつかない梶野はおっかなそうな奥方の前に一人取り残された。
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