カジの物語(完)

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   連れて行かれた2階の部屋はきれいに片付いた6畳だった。使い慣れた冷蔵庫、テレビ、そういったものが全部そこにあった。 「取り敢えず適当に置いたんだけどさ、もし不便なら明日までに言ってくんないかな。動かすから」 「ここ、一人で使っていいのか?」 「今朝まで俺が使ってたんだ。だから構わないよ」 「お前は? どこで寝るんだ?」 「俺さ、明後日から上野の小料理屋で世話になることになったんだ。学校、まだ残ってんだけど向こうの板長が面倒見てやるって言ってくれて。だからもう部屋、要らないんだ」 「いなくなるのか……」 「少しは寂しい?」 「ずい分面倒見てもらったからな、ありがとう、世話になるばっかりで」 「じゃ、頼みがあるんだけど」 「なんだ? 俺に出来ることならやるよ」 「親父っさんのそばにいてくんないかな。春になったらここ、人がだいぶ減るんだ。みんな会社の内定とかもらえてここから独立すんだよ。板倉さんがここを仕切ってるんだけど、あの人外に出ることが多くってさ。できれば知った人にいてほしくって」 「俺は……」 「体、治ってからでいいんだ。ここってさ、誰も何かやれって言わないよ。自分からやんなけりゃ何もしないで済む。けどあんたならきっと放っちゃおかないだろ? だから、頼みます!」  篤に頭を下げられ、それでも悩んだ。夜は眠れず悶々とする。 (早苗に……勇太に会いたい)  篤の独立を祝う宴会にちょっと顔を出した。ごつい連中が顔をくしゃくしゃにして口々に『頑張れよ!』と声をかける。体格のいい、一際ごつい顔をしたのが近づいて来た。最初に出迎えてくれた男だ。 「あんた、梶野、だよな? カジって呼ばせてくれ、俺は石原だ、ガチって呼ばれてる。頭が硬いんだ、ほら触ってみろ」  頭を突き出してくるから触ってみた。 「ほんとだ、硬い!」 「だろ? これで何人も頭割ったもんだ。いろいろ聞いてる。もし残るって決めたら親父っさんを頼むよ」 「石、ガチさんもどこかに就職ですか?」 「いや、俺は組の事務所に行く。ここは一気に人が減るんだ。そんなこと気にするような親父っさんじゃないし、女将さんじゃない。けど俺たちは心配でな。これ、内緒だぞ。お前らなんぞに心配されて堪るか! ってぶっ飛ばされちまうからな。さ、上に上がれ。まだ体が半端なんだ、宴会なんかにつき合うな」  ここはいい所だと思う。最初の頃のように『やくざもん』という感覚は消え始めていた。けれど。   
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