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篤がいなくなって翌々日の早朝。梶野は荷物を持って部屋を出た。静かに外に出て、というわけにはいかない、例の引き戸でガタガタっと音がした。
「いいよ、俺が締めとく」
突然の板倉の声に跳び上がりそうになった。
「俺のこと、見張って」
「バカ言え。それほど暇じゃない。今日の朝の当番がたまたま俺だったってだけだ」
「当番?」
「掃除。庭と便所と風呂の。ついでに朝飯も作る。奥さんのとこに行くんだろ? 親父っさんがそう言ってたよ。近いうちにカジは出てくだろうって。金だけは働いてきっちり送れよ。額はいくらでもいい、でも背負ったもんはきれいさっぱり片を付けるんだ。じゃな」
追い出されるように外に出され、引き戸がガタガタと閉まった。呆然としていたが、我に返ってそこで頭を下げた。早朝の空席が目立つ電車に乗る。早苗の実家まで2時間半。
古びた家の前に立った。玄関を開けるのに長いこと逡巡した。引き返そうとした時に玄関が開く。驚いた顔の早苗としばらく見つめ合った。
「……元気そうで良かった」
みるみる早苗の目から涙が零れた。しっかりとその体を抱き寄せる。
「悪かったな、辛い思いばっかりさせて。俺、自分のことばっかり考えてたよ。大事なものをいつの間にか忘れて…… 本当に悪かった。お母さんは? まだ病院か?」
「家に連れ帰ったの。寝たきりだけど、家に帰りたいって言うから」
「そうか……どこに行っても大変な思いをするな」
「自分の親だから……三途川さんは? 来ていいって言ってくれたの? 一緒に住めるの?」
「……俺さ、働く、あの人の世話になって。まだリハビリが必要ですぐには働けないけど。金を送るよ。で、貯金もしてお前たちを迎えに来る。時々会いにも来るからな。信じて待っててくれるか?」
「……うん。ごめんね、ケガしたのにそばにいられなかった」
「同じ頃だったって聞いた、お母さんが倒れたの。仕方ないよ。それに俺はこの通り元気だ。お前のお蔭で借金も減ってる。俺、頑張るよ! だから勇太を頼むな」
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