カジの物語(完)

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   戻った梶野に、誰も何も言わなかった。病院には通わされた。腕が動くようになると当番が回ってくるようになる。仕事は田久保社長の元で慣れない事務をやらせてもらった。ひたすら一生懸命に働いた。  時は巡り……  電話の向こうで早苗は泣いていた。 『ごめんね……こんなつもりじゃなかったの、ごめんね』 「いいんだ。その人、いい人なんだろ? 幸せにしてくれそうか?」 『うん……』 「勇太のこと、ちゃんと頼みたい。その人に会わせてくれないか?」 『え?』 「話し合ってくれていい。本当に頼みたいんだ。養育費も送る」 『そんなこと!』 「させてくれよ。じゃないと俺は勇太になにもしてやれない父親ってことになる。いいんだ、俺の自己満足でも。謝るんじゃなくってさ、『ありがとう』って言ってくんないかな。俺は謝んなきゃなんないことばっかりして来た。一度でいいよ。お前からその言葉を聞きたいんだ」 『ありが……とう…… 勇太に会いに来て。勇太にもちゃんとあんたのこと話すから』 「それは」 『岸田さんにもあんたに会ってほしいってちゃんと言うね。本当に……ありがとう』 (あの時終わってたんだ……俺が早苗が一生懸命働いた2万をパチンコですった時に。早苗。今度は幸せになってくれ。俺には出来なかった。済まん)  梶野がこのまま組に入れてくれと言った時。親父っさんは首を縦に振らなかった。 「もっと考えろ。答えはゆっくり出すんだ。まだ早ぇよ」  数年経って抗争が起きた。裏切った連中の先頭に立って殴り込んできたのは板倉だった。玄関の前で鬼の形相で立ったのがカジだった。  ――「カジの物語」 完 ――   
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