ナッチの物語(完)

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  「こうやってお前と二人で歩くのは久しぶりだな」 「あんまり有難くないんですけどね。カジもいないんだから親父っさんにふらふら歩かれたくないんですよ」 「ふらふらか。ちげぇねぇ」  もう初夏だ。風が気持ちいい頃合い。この時期は町が華やいで見えて勝蔵はちょっとウキウキしてくる。とてもじゃないが家の中でくすぶってはいられない。  そんなに遠い距離じゃない、あっという間に散歩は終わりとなった。 「表に出ろ!」 「ガキのくせにいい度胸じゃねぇか!」  道路にまで聞こえるようなそんな声。別の声が宥めるように呼び掛けている。 「優作さん、その辺にしとこうよ」 「うるせぇ!」 「ウチはいいんだ、けどお客さんが……」 「全くアイツは……」  イチより先に勝蔵は店に入った。 「優作! 何やってやがる!」 「親父っさん……」  振り返った途端に急に背筋が伸びた優作に、後ろから飛びかかって来たのがいて優作は派手に前につんのめった。勝蔵は思わず笑った。 「威勢がいいな、小僧」  ちょっと小柄な痩せた若い男。男というより子どもと言った方が近いくらいだ。  イチが優作を引っ張り起こす。多分いい男の部類に入るだろうと思われる顔から鼻血が垂れて結構な見てくれになっていた。カッとなりやすい優作、22歳。そこらのお姉ちゃんからよく声をかけられるが、こう見えて硬派。ただ頭がちょっと弱くて喧嘩っ早いのが欠点だ。   
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