洋一の物語(完)

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  「あんた……だれ?」 「俺は八木だ。テルって呼ばれてる。なんかあるんだろうが取り敢えず安心しろ。ここは心配するようなところじゃない」 「けいさつには?」 「届けなんか出しちゃいないよ。脇腹に刃物傷なんて物騒なもんつけてたらただじゃ済まないだろ? 見たところ学生に見えるが」 「ちがう、俺は……バイトしてて」 「酷いケガしてるんだ、嘘なんかに神経割くな。何も聞かないよ」  洋一の耳に、追いかけて来るいくつもの足音が蘇った。 (寝てる場合じゃないんだ、行かないと) 「たのむ、行かなきゃなんないとこがあるんだ、立たせてくんないか?」 「バカ言うな、そんな状態で立てるわけ無いだろうが!」 「いい、自分で……」  その肩をまたテルに押さえられた。 「何かの縁だ、言えるなら事情を言ってみろ。何を切羽詰まってるんだ?」  絶望的な気持ちで洋一は事の発端を思い返した。  寺田洋一、20(はたち)の誕生日を迎えたばかり。3つ年上の姉、春香と二人暮らしだ。  母が亡くなって以来、男手一つで育ててくれた父は姉が14、洋一が11の時に事故で死んだ。だが保険金が下りたお蔭で暮らしは困らないはずだった。  叔母夫妻に引き取られた二人はそれなりに可愛がられたが、春香が自分たちに遺されたはずの通帳からかなりの金額が消えていることに気づいた。  春香18、洋一15。僅かな金を渡されて姉弟二人、叔母の家を追い出される。すぐに働き始めた姉の苦労を思いこっそりバイトしたがばれて停学。そのまま退学して、昼間は清掃会社で仕事をしながら定時制高校に通った。   
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