洋一の物語(完)

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   暮らしは厳しく、なんの資格も無い姉は仕事に苦労した。そんな時に洋一は日頃可愛がってくれた近所の年配の谷という小男に小技(こわざ)を仕込まれた。スリだ。谷は洋一に壁役をさせた。洋一は動体視力がいい。谷がスる瞬間を周囲の目から見えないように壁になる。谷の腕は確かで、洋一は給料が上がったと姉を喜ばせた。  だが谷は洋一が風邪で寝込んでいる間に現行犯で捕まってしまった。今さら少ない給料を姉に渡すわけには行かず、洋一は単独でスリを始めた。  谷の手元を身近に見ていた洋一は元々が器用だったからすぐに腕が上達した。姉には黙って仕事すら辞めて、その道に入って行く。  春香21、洋一18。不運というしかない。スった相手が悪かった。電車の中で痩せた男の尻のポケットに手を掛け、その手を掴まれた。桜華組というヤクザ組織の組員だった。袋叩きにあった上、その組員に命じられたのがスリの仕事。 「無理です!」 「お前、姉貴いるんだな。いいんだよ、その姉貴に弁償させたって」 「だってスッちゃいないです! 財布に触りもしてない!」 「いや、スられた。ほら、これだ」  両脇を二人に押さえられて洋一のジーンズのポケットにその組員の財布が押し込められる。 「こんなの、卑怯だ!」 「うるせぇ! やるか、姉貴をウチの組の店で働かせるか。どっちを選ぶ?」  言うことを聞くしか無かった。もう姉に苦労させたくない。  やらされたのはヤバい仕事。反対勢力の扱う覚せい剤をスる。 「いいか、買ったやつからスるんだ。あいつらは商売上がったりってわけだ。捕まっても組の名前を出すな。春香ってんだろ? お前の姉ちゃん。ずい分可愛い顔してたな」  洋一はスリ続けた。だがそう長くは続かない。警戒した売人たちは罠をかけて洋一を捕まえた。 「どこの組織のもんだ!?」  それに答えない洋一を殴る蹴る。その隙をついて逃げようとした時に脇腹を刺された。  
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