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「今日も医者が来る。内臓は大丈夫だが今動けばまた出血が始まる。姉さんを助けるには自力では無理だぞ。よく考えろ」
イチは立ち上がるとテルを目配せで廊下に呼んだ。
「あいつから目を離すな。交代で世話してやれ。放っときゃきっと抜け出す。俺は親父っさんとこに行ってくる」
「分かった」
中に戻ると洋一の表情が強張っている。
「ここはお前の考えるようなおっかないとこじゃないよ。組の事務所じゃないし」
「じゃ、ここは?」
「自宅。親父っさんの」
「あんたらは事務所じゃなくてここに詰めてんの?」
「俺たちはヤクザじゃない。本物は今来たイチさんだけだ」
「じゃ、使用人?」
テルはくすっと笑った。
「確かにそんなもんかもしれないな。けど、俺たち別口に働いてるよ。ここで共同生活ってのをしてるだけだ」
「共同生活?」
「当番決めて掃除したり料理したり。親父っさんとイチさんは組のことで忙しいからな、俺たち居候でそんなことやってるわけだ」
「居候……」
「お前もここにくりゃいいんだ。ここにいればみんなが守ってくれるし。姉さんも呼べるぞ」
くらっと来るような誘いだ。けどヤクザの一家に世話になって本当にそれで済むのか?
「その後は? 本物のヤクザになるのか?」
「ならないよ! 少なくとも俺にヤクザは無理だ。他の連中もいつかここを出てくと思うよ」
「なんで」
「親父っさんが自分の道を見つけろって言うからさ。イチさんは考えて親父っさんの下にいることにしたんだ。居候連中はみんな碌なもんじゃなかったよ。みんな親父っさんに拾われたんだ」
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