340人が本棚に入れています
本棚に追加
『お父さん』
「ね、パパ!」
「お父さん」
「お父さん(どれだっていいのに)、今度の土曜日、ジェイくん来る?」
「花音、心の声、全部聞こえてる」
「ごめんなさい、ジェイくんに『心に気持ちをしまっちゃいけないよ』って教えてもらったから」
下を向く娘を抱き上げる。今度の4月から小学校だ。父としては心配でならない。
(女学校にでも入れれば良かった)
でもそうなると双子を引き離すことになる。
「ジェイか? 来るよ、アイスクリーム買って来るって言ってたよ。花音の好きなストロベリー」
「わぁ、だからジェイくん大好き!」
「パパぁ!」
「花月、パパじゃなくて」
「お父さん(どれだっていいのに)」
「お前も心の声駄々洩れだ」
「だってジェイくんが」
「分かった、分かった。でも『お父さん』って呼ぶのは忘れないこと!」
「難しいよ……お父さんはそういうけど、哲平おじちゃんが来ると『父ちゃんが正しい』って言うし、お祖父ちゃんは『マイボーイじゃなかった、ダディは元気かい?』って、必ず言うし。茅平の朗叔父ちゃんは『パパは?』って言うし」
花音を下ろした。
「お前たちはどれがいいんだ?」
「決めなくていいと思う!」
花音が可愛い声で叫ぶ。
「お父さんはそれじゃヤだ」
「じゃ、何曜日はどれって決める?」
「花月、それをカレンダーにでも書くのか?」
「来た人に合わせて、呼び方変えたらどうかな」
花音の発言には考え込む父。
「お父さんでダディで父ちゃんでパパ! いっつも花音の言うことは真面目に考えるよね!」
「そ、そういうわけじゃないよ、花月。お前の言葉も真剣に考えてる」
「ホントかな…… きっと僕はどこかで拾われたんだ……」
その体を抱きしめて花音が父を睨む。
「花月を苛めたら一番イヤな名前で呼ぶからね!」
「おい、苛めてなんかいないだろ! 一番イヤなってなんだよ」
「花くん!」
後ろから真理恵の笑い声が聞こえる。
「花くんの負けーー」
「マリエ、少しは味方しろよ!」
「今度ね。今じゃがいも剥いてるから忙しいの」
子どもたちの相手を止めて真理恵の隣に立つ。
「俺もやるよ」
「ありがとう! 今日、なんにしようか」
「なんに、って、今じゃがいも剥いてるじゃん」
「思いつかないから取り敢えず。剥きながら考えてたの」
「……マリエ、ずっと変わんないよな。それも一つの才能だと思うよ」
真理恵の頬にキスをする。
「お父さんがぁ、キスしてたぁ」
「おかあさんにぃ、キスしてたぁ」
「花月っ、花音っ、変な歌歌うんじゃない!」
逃げていく後姿に溜息をつく。
「マリエ、俺心配。あの調子っ外れは哲平さんの仕込みだろ」
「よく歌ってるもん、童謡とかも」
「母さんが悲しそうに言ってたよ。二人の歌には不協和音が溢れてるって」
「哲平さんの影響力って絶大よね」
今度張り紙をしておこうと決めた。
[哲平さん 歌厳禁!]
最初のコメントを投稿しよう!