『お父さん』

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『お父さん』

  「ね、パパ!」 「お父さん」 「お父さん(どれだっていいのに)、今度の土曜日、ジェイくん来る?」 「花音、心の声、全部聞こえてる」 「ごめんなさい、ジェイくんに『心に気持ちをしまっちゃいけないよ』って教えてもらったから」  下を向く娘を抱き上げる。今度の4月から小学校だ。父としては心配でならない。 (女学校にでも入れれば良かった) でもそうなると双子を引き離すことになる。 「ジェイか? 来るよ、アイスクリーム買って来るって言ってたよ。花音の好きなストロベリー」 「わぁ、だからジェイくん大好き!」 「パパぁ!」 「花月、パパじゃなくて」 「お父さん(どれだっていいのに)」 「お前も心の声駄々洩れだ」 「だってジェイくんが」 「分かった、分かった。でも『お父さん』って呼ぶのは忘れないこと!」 「難しいよ……お父さんはそういうけど、哲平おじちゃんが来ると『父ちゃんが正しい』って言うし、お祖父ちゃんは『マイボーイじゃなかった、ダディは元気かい?』って、必ず言うし。茅平の(あきら)叔父ちゃんは『パパは?』って言うし」  花音を下ろした。 「お前たちはどれがいいんだ?」 「決めなくていいと思う!」  花音が可愛い声で叫ぶ。 「お父さんはそれじゃヤだ」 「じゃ、何曜日はどれって決める?」 「花月、それをカレンダーにでも書くのか?」 「来た人に合わせて、呼び方変えたらどうかな」  花音の発言には考え込む父。 「お父さんでダディで父ちゃんでパパ! いっつも花音の言うことは真面目に考えるよね!」 「そ、そういうわけじゃないよ、花月。お前の言葉も真剣に考えてる」 「ホントかな…… きっと僕はどこかで拾われたんだ……」  その体を抱きしめて花音が父を睨む。 「花月を苛めたら一番イヤな名前で呼ぶからね!」 「おい、苛めてなんかいないだろ! 一番イヤなってなんだよ」 「花くん!」  後ろから真理恵の笑い声が聞こえる。 「花くんの負けーー」 「マリエ、少しは味方しろよ!」 「今度ね。今じゃがいも剥いてるから忙しいの」  子どもたちの相手を止めて真理恵の隣に立つ。 「俺もやるよ」 「ありがとう! 今日、なんにしようか」 「なんに、って、今じゃがいも剥いてるじゃん」 「思いつかないから取り敢えず。剥きながら考えてたの」 「……マリエ、ずっと変わんないよな。それも一つの才能だと思うよ」  真理恵の頬にキスをする。 「お父さんがぁ、キスしてたぁ」 「おかあさんにぃ、キスしてたぁ」 「花月っ、花音っ、変な歌歌うんじゃない!」  逃げていく後姿に溜息をつく。 「マリエ、俺心配。あの調子っ外れは哲平さんの仕込みだろ」 「よく歌ってるもん、童謡とかも」 「母さんが悲しそうに言ってたよ。二人の歌には不協和音が溢れてるって」 「哲平さんの影響力って絶大よね」  今度張り紙をしておこうと決めた。 [哲平さん 歌厳禁!]  
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