運動会-1 (副題:大人なのに)

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運動会-1 (副題:大人なのに)

    子どもたちの初めての夏休みは、活気に満ちたものだった。新学期が始まり、最初に出された課題は『夏休みに一番楽しかったことを書きなさい』。花月、花音、和愛が書いたのはやはり花火大会。同じものを書いてもやはり三人三様。 宗田花月  お父さんの会社の花火大会に行きました。大人の人もみんな子どもみたいに騒いでました。  最後に空にいっぱいに大きな花火が上がりました。それはぶちょーさんとジェイくんが仕事をやめるからです。ぶちょーさんが泣きながら挨拶していました。初めて男の人が泣くのがカッコよく見えました。みんなもそれを聞いて泣きました。ジェイくんは元気な声でありがとうと叫んでいました。  行って良かったとすごく思いました。 宗田花音  花火大会には浴衣を着ている女の人がいっぱいいました。花の模様が多かったけど、一番すてきだったのは、紺色に花がいくつかあった人でした。花の数は少ないのに一番きれいだったです。  花火大会はとっても楽しかったです。また行きたいです。 宇野和愛  お父さんと花おじさんが会社の人のために花火大会をしました。会社の人の家の人たちも来て、お友だちがたくさんできました。女の人が「ここは河野組って言うのよ」って教えてくれました。私も大人になったら河野組でお仕事します。  3人が書かなかったのは、どんなに花月の目に和愛が可愛くてきれいに映ったかと言うこと。ジェイに抱かれてずっとジェイの首に掴まっていたから嬉しくてしょうがなかったこと。顔を上げると花月が自分を見ていて慌てて他を向く仕草に心があったかくなったこと。花月の横顔がきれいだと思ったこと。  花音の書いた紺色の浴衣の美しい女の人とは、小野寺美智のことだった。  秋晴れ。用意しているものはお弁当、飲み物、ビニールシート、日傘、持ち運び ベビーベッド、タオル、着替え(お父さん用)。 「ただいまー、場所取りして来たぞ!」 「お帰り、お疲れ様! いい場所取れた?」 「もちろんさ! 花と俺が行きゃ場所はいいって決まってる」 「確かにね。だってまだ6時前だもん」  運動会が始まるのは8時半だ。ラジオ体操があって、校長先生から挨拶がある。早い時間から学校に来るのは低学年の親が多い。高学年になってくると親は必要な競技だけ見て帰ったりもする。  1年生の種目は、50メートル走、30メートルリレー、玉入れ、借り物競争、ピンポン玉リレー、障害物レースだ。  50メートル走、リレーは真剣勝負。玉入れはクラス対抗。借り物競争は何がメモに書いてあるか分からないから速さがあってないようなもの。ピンポン玉リレーはお玉にピンポン玉を入れてそれをリレーしていく。  障害物レースは、マットで前転、梯子くぐり、網くぐり、平均台渡り、跳び箱をしてゴールを目指す。跳び箱は乗っかるだけでもいい。  そして、父兄参加の競技。親子で頑張る綱引き。父兄による障害物競争。  1組は白組。3組は赤組だ。つまり花月&和愛VS花音。哲平VS花だ。花月の側白組に哲平が行くから、花音には花が行くのだ(本気の花だ。誰に負ける気も無い。赤組の存亡は自分にかかっていると思い込んでいる)。  ここにおまけの登場人物がいる。相変わらずの、どうしても運動会を見たいジェイと、賑やかしで来た野瀬&澤田。この二人は最近セットで花の家に来る。そして来なくてもいい浜田。なぜ来たのかは謎。  広岡はもうお腹の大きくなった莉々のこともあり、週末は家事に従事しているし、池沢親子は池沢父の入院が決まったのでそれに追われている。  有難い参加は大家さんの高橋さん。お孫さんはみんな遠くて、ほとんど運動会を見たことが無いと聞いた哲平が誘った。  そして、蓮。これだけ多くの人間が来るとなれば、その弁当の量は半端ない。 「マリエの負担を考えると何とかしないと」  それがジェイを経由して蓮の耳に入った。木曜の夜の蓮からの電話。 『運動会、バカたちが大勢押しかけるんだって?』  真理恵は笑っていた。 「私は誰のことをぶちょーさんがバカだって言ってるのか知りたくないんですけど」 『全員だよ。まったく、苦労するのは真理恵だけだろ?』 「大丈夫ですよ、そんなに苦労に感じてないから」 『でも今回は莉々さんも三途も当てにならない……俺が行くよ』 「ぶちょーさん?」 『後でメニュー、ラインで送る。それに意見くれないか? 費用は人数で割って、真理恵さんは自分の家族の分だけ出してくれればいい。俺は連中から回収するから』  後は話がトントン進み、土曜の夜から蓮は泊まり込んで弁当の準備をすることになった。これで笑えるのが、料理の主導権を持ったのが真理恵ではなく蓮だということだ。  真理恵が6時前に起きた時にはもうご飯は炊きあがっていて、蓮は次々と予定のメニューをこなしていた。 「ごめんなさい! 私すっかり遅くなっちゃって」 「遅くないよ、真理恵さん。まだゆっくりしてて大丈夫だよ」 「ジェイくん……」 「俺と蓮でやっとくから。他のことやって。すること無かったらそこに座って監督してて」  蓮もそう勧めるから、真理恵は取り敢えずそこに座った。すかさず蓮からコーヒーが出される。 「美味しい!」 「ついでだからコーヒーサーバーも持ってきたんだ。飯は持って来たジャーと2台で炊いたから心配ないだろう。時間は間に合うからサンドイッチを作ってもいいんだが」 「子どもたちいるからさ、作っとこうよ」 「とか言って、お前が全部食べるんじゃないだろうな」 「そんなことしないよ! 蓮の言う通り、お菓子だって全部置いてきたんだからね。今日は大人なんだから」  その言葉自体がおかしい。前提が間違ってるのだ、大人だから置いて来るのではなく、大人だから運動会にお菓子など買わないはずなのだから。 「ジェイくん、お菓子どれだけ買ったの?」  笑いながら真理恵が聞く。 「聞いてくれないか? こいつ、みんながいるんだからって、カリントウ3袋、ポテトチップ5袋、せんべ3袋、スナック菓子8種類買ってきたんだ」  真理恵の開いた口が塞がらなくなる。 「だから置いて来たって言ったでしょ! いいよ、一人で食べるから!」 「ジェイくん、太っちゃうよ……」 「…………」  弁当のおかずは本当に豪華だ。だし巻き卵、朝方から作った煮物。子どもも好きな甘辛の肉団子。醤油をかけてさっと炒めたブラックタイガーが香ばしい。お浸しや鶏の照り焼き。たっぷりのサラダ。サラダには蓮特製の胡麻ドレッシングと紫蘇ドレッシングが別容器に用意されている。 「これ、なんですか?」  蓋つきデリカップの7分目程まで千切りのキュウリ、錦糸卵、斜めに切ったカニカマ、小口に切ったわけぎがたっぷり入っている。人数分以上にある。 「ああ、それね、蓮の力作」  冷蔵庫から出してきたのは、別口のもっと大きなデリカップだ。開けると茹でたソーメンがはいっている。 「ソーメン?」 「もうつゆは水筒に氷と入れてあるよ。だからお弁当の時間にちょうどいいはずなんだ」 「夕べ暑くなりそうだと思って思いついたんだよ。たいした手間はかかってないから」  子ども用の3つの弁当はとにかくカラフルだ。食べやすい小さめの唐揚げ、玉子焼き、タコウィンナー、ミニトマト、ちくわにキュウリを入れて小さく切ったもの、青々としたスナップエンドウ、味付け玉子、さっとゆでたアスパラをベーコンで巻いて表面を炒め、甘辛い醤油に転がして焦がしたもの。キャベツを細かく刻んで半分に切ったむきエビとを入れ、少量の水と卵で溶いた小麦粉とよく混ぜる。それを団子にして油で揚げる。マヨネーズとソースを混ぜたものを表面に軽く濡れば、お好み焼きの団子バージョンだ。 「これ、全部ぶちょーさんが?」 「河野でいいよ。昨日パッと思いついたものばかりだから付け焼刃で悪いな」 「とんでもないです! これにソーメンでしょ? お腹いっぱいになりますよ!」  真理恵はぶちょーの料理に目が点になっている。 「後はデザートだよね」 「デザート?」 「冷凍庫に入れてある。多めに作ったから一つ食べてみるか?」  頷いた真理恵は椅子に座らされた。やはりカップアイスのような小さなデリカップ。 「それ、ほぼ解凍してあるからすぐに食べられるよ。試食用だからな」  蓋を開けると赤いものが。 「トマト、ですよね? これがデザート?」 「食べてみて」  スプーンを渡される。表面が僅かにパリッとしているがスプーンはさっくりと入って行く。掬って口に入れて目が見開いた。 「これ……ホントにトマト?」 「正真正銘のね」 「どうやって作ったんですか!?」 「企業秘密」  最後まで教えてもらえなかったが、美味しいシャーベットの量に物足りなかったほどだ。これはトマトにハチミツをかけたもの。  お握りは3人で握った。哲平と花や子どもたちには、先に作っておいた炊き込みご飯を出した。鶏肉や野菜など、具をたくさん入れておいたから栄養には問題ないはずだ。具沢山の味噌汁も飲ませた。炊き込みご飯にしっかりと味が付いているから味噌汁はちょっと薄味にしてある。 「相変わらず美味いなぁ、河野さんの料理!」  場所取り後、いったん家に戻って和愛を連れてきた哲平が家主より先に『ご馳走さま』を言った。 「おい、材料代は後で徴収するからな」  哲平は耳を塞いで聞こえないふりをした。  遅れて到着した野瀬、澤田、浜田には時間が無いから炊き込みご飯を握り飯にして渡した。 「味噌汁は勝手に飲め。片付けは帰って来てからお前たちがやれよ」  野瀬、澤田、浜田は片付け係を任命された。 「おはようございます」 「あ、大家さんだぁ!」  花音が玄関に飛び出す。大家さんの手には果物屋の袋が握られていた。 「これね、帰って来てから食べてもらおうと思って。冷蔵庫に入るかしら? 入らなかったら家で預かっておくから」 「わあ、ありがとうございます! 入ります、高橋さんも帰り、ここに寄って行ってくださいね。みんなで一緒に食べましょう」  高橋さんにも、血は繋がらないがどうやら孫が出来たようだ。嬉しそうにご主人と笑顔を交わした。果物はこんもりとした何房もあるブドウと梨だ。  蓮はそこで帰るつもりだった。 「じゃ、俺は……」 「ぶちょーさん! 応援に来てくれるでしょう?」  花月だ。花月はあの花火大会以来、すっかりぶちょーさんに参っていた。 (ぶちょーさんみたいな大人になりたい!) みんなに泣くほどに思われて、堂々としていてカッコよくて。テレビに出てくるどんな人よりも花月には輝いて見えた。 「俺は弁当担当で来ただけなんだ。こんなに大勢で行ったら場所を取るのに困るだろう?」 「河野さん、それ心配無いから」  哲平があったかい目で蓮を見た。 「いいじゃないですか。あそこのグランド、広いんですよ。今日はチビッ子メインで一緒に楽しみましょうよ」  腕にぶら下がるようにお願いを言う花月に、とうとう蓮は負けた。  校門の入り口で子どもたちと別れる。 「私の応援、してね」 「もちろんだよ、花音ちゃん」  いくら花父に怒られようとも今日ばかりは特別だ。花音が付き出した頬にキスをした。  花音の姿が見えなくなって、足を思い切り蹴られる。 「痛いよっ、花さん! 加減してよ!」 「出来ない。お前、今やっちゃならないことをしたろ? 確信してたはずだ、こうなるの」 「はいはい、花くん。大人なのにみっともないよ、校門でジェラシーなんて」  場所取りしていた日陰にみんなで腰を落ち着けた。始まるまでにだいぶ時間がある。すっと哲平が立ってしばらくして戻って来た。 「どうした?」 「向こうでタバコ吸ってる若い親がいたからさ、だめだよって諭してきた」  吹き出しているみんな。 「諭したのか? 脅すんじゃなくて」 「学校の中だから。俺、節度ってもん知ってるし、大人だし」  子どもたちが出てきてラジオ体操が始まった。高橋さんご夫婦には座布団を持って来てある。遅れて学校に入ってきた親たちは、不便な場所に位置取るしかない。 「あ、木下さん」  真理恵が立った。すぐに哲平が荷物を詰めた。まだまだ人は座れる。 「おはようございます。場所、取りました?」  真理恵の屈託ない話し方に釣り込まれるような笑顔が出る。 「出張から帰ったのが遅くて……弁当もコンビニでお握りを買ってくる始末で」  奥さんも仕事が忙しくて、水筒を用意するのが精いっぱいだったらしい。 「ご一緒しませんか? お弁当も余るほどあるし」  断ろうとするのをジェイが迎えに行った。 「譲くんに俺の作った弁当を食べて欲しいです。一緒に応援しましょうよ!」  座ってから蓮がジェイに小さい声で聞く。 「お前が作った、って、どれのことだ?」 「味付け玉子とアスパラをベーコンで巻いたの俺だし。玉子だって溶いたでしょ? あと、キャベツ刻んでお握り作って……」 「分かった分かった。お疲れ。……お前、ホントに頼りになるんだろうな?」  花が周りを見渡した。 「いろんな親がいるけどさ、あそこ派手だな」  指差す方に大きなパラソルが広がっている。赤と白のオーソドックスだが目立つことこの上ないパラソル。 「いかにも金持ちって感じ。椅子が真っ白でもおかしくないよな」  野瀬の言葉に哲平たちも頷いたが、子どもたちが競技のために自分たちの席に戻ったからグランドに集中した。 「最初は50メートル走だね」 「花月は早いんだよな、走るの」 「野瀬さん、花月が本気で走るの見るの、初めてだよね。早いんだ、俺に似たんだよ」 「…………」 「え? 木下さん、何か言った?」  譲のお父さんが小さく呟いたのだ。 「花さん、譲くんも走るの早いんだって!」 「そうです、譲、早いですから」  そこからどうして早いのかという親バカの競い合いになった。 「俺、身体能力高くて。走って負けたことないですよ」 「私は元陸上部ですよ。県大会にも出たんですから」 「大会には出なかったけど、たいがいのスポーツで困ったことないし」 「ラグビーもやりましたよ、あれはスピードが命ですからね。後はガッツ!」 「ラグビーなら俺もやったから!」  澤田は笑っている。 「悪い癖だよな、負けず嫌いもたいがいにしろって。これから走るんだからそれを見ればいい話だろ」  不思議なのはここまでひどく浜田が大人しいことだ。  2番目のグループにいた譲が走り出した。確かに早い。ぶっちぎりで1位だ。 「どうです! 早いでしょう!」  譲のお母さんが袖を引っ張るのを払って、お父さんが意気揚々と語る。 「スタイルがいいんですよね。踏み込みとバランスがいい」 「黙ってください、次は花月だから」  ところが不運が起きた。走り出してすぐに隣の子が躓いて花月に摑まってしまったのだ。よろけた花月が派手に転ぶ。 「あっ!」  腰が浮いた花より先に、向こうの派手なパラソルから人が飛び出して行った。 「花月! マイベビー!」 「げ! 父さん、どうして……」  行こうとした足が止まる。実は今日運動会だと電話で話したのは花音だ。 『まさなりお祖父ちゃん、花音を応援してくれるよね?』 『もちろんだとも! マイフェアリー!』  となれば、行かない選択など超愛と夢に生まれるわけが無い。  真理恵が走って行った。それは花月のためじゃない。まさなりさんと夢さんを引き取るためだ。そばにいる教員に「もう一度チャンスを与えてやって欲しい。人生で初めての競争で正当に負けたならいい。だがここで一つのチャンスを摘むことはこの若者にとって……」 「まさなりさん! 負けを認める力も子どもには必要なんです! 花月は分かるわね?」  急いで頷いた花月を後に、真理恵は超愛と夢を回収した。 「来るなとは言わないよ。でも今みたいな真似はやめてくれ! 俺みたいな苦労をあの子たちにさせたくない!」 「花……あなたの運動会を見に行ったのはたった1回しか無いのよ」 「それで出た障害物競走で母さんがやったのはドレスには不向きの競技だっていう抗議で、父さんがやったのは網はいつ洗ったのか? っていう質問だったよね」  取り敢えずパラソルと白い椅子は野瀬と澤田が撤収してきた。 「マジに白い椅子だ……」  澤田が椅子を持って感嘆した。  
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