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お誕生日/後編
「へぇーー!」
「きれい!」
父娘が感心したバースデーケーキ。
「悪いな、スポンジは出来合いだ」
ぶちょーが小さい声で言った。
「そんなの! 充分ですよ、生クリームと苺を飾ってくれたんでしょ?」
「まあな、それはほとんどジェイがやった。俺はクッキーを焼いたくらいだ」
(それ、マジ!?)
いまだに謎が残るぶちょーに驚く。
花は一日『大人』で過ごした。花音がいくらジェイに戯れても笑顔を浮かべ、ジェイが花音にねだられて頬にチュッとした時も、膝に指が食い込みはしたがジェイにも笑顔を向ける。
(花、それじゃ疲れるだろうに。明日は顔が筋肉痛になるだろうな)
ぶちょーはただ可笑しいだけだ。
「ご馳走さまでした」
「ジェイくん! また遊びに来てね!」
「うん、花音ちゃんもおいで」
『おいっ!』と怒鳴りそうになり、咳払いをして誤魔化す。
「花音、それはお父さんとお母さん二人がいいって言った時だけだ。ぶちょーさんと約束」
ぶちょーの指に花音の細い指が絡む。思わず花は目を閉じた。
(俺、異常なのかな…… 自分でも腹が立ち過ぎなの、分かってるのに)
ところで。ジェイの不幸はどこに? これは約2週間後、ジェイを直撃した。
「れん……」
「どうした?」
「ぐあい、わるい」
顔の青いジェイを触ると結構熱が出ている。
「今日は仕事を休め」
「でも花さんが一人になっちゃう」
「大丈夫だ、俺もいるし」
「……そうして。休む」
仕事人間のジェイが自分から休む……
「病院に行くんだぞ。メールで結果を知らせてくれ」
「うん」
午後ジェイからメールが入った。
「哲平、花、ちょっと」
困惑した顔のぶちょーが二人を呼んだ。
「どうしました? クレームですか?」
「いや……他の連中には聞けない話なんだが。大人でもおたふく風邪に罹ることがあるのか?」
「誰の話?」
「ジェイだ」
「ジェイ? ……あ!」
風花はもうとっくに治っているが。
「犯人、ウチかもしれない。マリエに聞いてみます!」
真理恵はすぐに調べてくれた。
『あのね、花音が罹ってたかもしれない』
「だって予防接種したろ?」
『たまに効かない子がいるらしいの』
「じゃ、花音もこれから熱が出るのか?」
『ジェイくんにうつしたってことは、症状が出ないまま花音は治っちゃったんだと思うよ。大人の男性がおたふくになると酷いことになるの。絶対に無理させないように伝えて』
どうやら本当のことらしいと分かり、ぶちょーは残業をせずに帰った。
「しょうがないよな、奥方が病気じゃ…… おい、この場合、ジェイは奥さんってことになるのか?」
哲平に聞かれ、花は絶対にそんなことを考えたくないと思った。さすがにそれは全面拒否だ。
「妻って感覚はやめようよ! 俺たちは弟を持ったはずで、妹じゃないからね!」
少し哲平は考えてイヤな顔をした。
「確かに。いくらきれいだってあいつがスカートを履いて出社してきたら俺も嫌だ」
(そっちかよっ!)
ジェイは長いこと休むことになった。見事に膨れてしまった両頬はまだいい。熱と痛みに悩まされ、食事はおかゆや流動食以外受けつけない。これ以上悪い状態が続いたら入院だとまで言われたが、幸いその手前で状態が回復していった。だが……
「れん……」
夜中だ。
「どうした? もう具合はいいんだろ?」
電気をつけて顔を見る。腫れあがった頬の名残は無く、証拠は蓮の携帯の画像にひっそりと埋もれているだけだ。
「すごく痛い、……あそこが」
「あそこ?」
「だから……」
蓮の耳にこっそり呟く。
「おれの大事なとこ」
「大事なって……」
ジェイの『あそこ』が正確に蓮に伝わった。
「見せてみろ!」
「ええ!」
「なんだ、今さら。いいから見せろ」
嫌がるジェイの下半身を剥くと、そこは赤く大きく腫れ上がっている!
「いたい、痛いよ、れん! さわんないで!」
「お前、ここ凄い熱を持ってるぞ!」
急いで泌尿器科の医師がいる救急外来に連れて行き、ひどく抵抗するのを診てもらった。
「ああ、これは……急性精巣炎ですね」
同じ男性のせいか、普通より悲壮な顔をしてジェイに告げる。
「急性精巣炎? どういう病気ですか?」
痛みよりも恥ずかしくて下を向きっ放しのジェイの代わりに、蓮が真剣な顔で医師に聞く。性病になるわけが無い、たまに検査もしてもらっているしジェイが浮気するわけが無い。
「睾丸炎ですよ。最近子どもの病気に罹りましたか?」
「おたふく風邪に罹りました」
「それですね。大人が罹ると重い症状になるんです。それに男性の場合はこういう合併症が起きることがある」
「どういう治療になりますか?」
場所が場所だ、夫婦には大ごとだ。
「冷やして安静に。それしか無いんです。痛み止めは出しますから。おたふくが原因なら1週間もしない内に治まりますよ。形も元に戻りますからね」
妙な慰めをもらって家に帰り、クッションを膝の下に置いて足を広げて寝る。
「蓮、恥ずかしいから自分のとこで寝る」
「だめだ、何かあったら困る! ちゃんと面倒見てやるからここで寝るんだ」
(お前、何も経験無いって言ったが、こんな病気までしたこと無かったのか?)
帰り際に医師に言われた。
『良くなったら、はしかや水ぼうそうなどの子どもの病気の抗体があるか調べた方がいいですよ。下手をすると命に関わりますから』
(水ぼうそうで死なれて堪るか!)
ジェイの睾丸を冷やしつつ、蓮は不安な夜を過ごしたのであった。
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