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もうすぐ嵐の男がやってくる
「こんにちはー」
伸びやかな声が玄関から聞こえてバタバタと走る音がした。
(ジェイくんだ)
真理恵は心の中で(よっこらしょ!)と気合を入れて立ち上がった。
「はい、これは花音ちゃん。これは花月くん」
「ありがとう!」
「ありがとう!」
一卵性のせいなのか、返事や行動がよく重なる。
「ママー」
「かあちゃん!」
「なに? 今日はかづくんは『かあちゃん』なの? かのちゃんは『ママ』?」
ジェイが面白そうに聞く。
「父ちゃんが帰って来るまで」
「そ、パパの声が聞こえるまで」
そのままアイスを持って居間に駆けていく。
「花さんはどこに行ったの?」
「洗剤とトイレットペーパーが安売りだから買ってこようと思ったら行ってくれるって言うから頼んじゃったの」
「ふぅん……今度からさ、俺が来るって言った日はそういうの任せてよ。メールくれれば来る途中で買ってくるし」
(『あいつはイヤがるようなヤツじゃないよ』……ホント、その通りね、花くん)
「それに花課長にトイレットペーパーって似合わないしね。会社でも一段と人気上がっちゃって花さんの笑顔が出ると女の子たちがきゃあきゃ……真理恵さん、その顔怖い」
「ジェイくん! その先聞かせて。で、それに花くんはどんな顔してるの? 嬉しそう? 照れた顔? 流し目でもする?」
ジェイは笑い過ぎて腹が引き攣りそうになった。
「ジェイくん!」
「だ、だって、『流し目』って、……花さん、そんな器用なこと出来ないよ! それに女の子が浮わついた感じで近づくとすごい顔するんだよ。嫌悪感丸出しって顔。あれ、結構相手の子は傷つくと思う」
それを聞いて安心した。
(奥さんがお腹大きいと男性は浮気することが多いって言うもんね)
そんなことが心配になるほど、花はどんどん綺麗になっている。
「花さん、綺麗だから誤解されるんだ。今度入る新人の面接でもあのギャップでポカした子が多かったよ」
「そうなの?」
「うん! 花さんにいきなり『可愛い!』って言った子とか、『失礼ですが、女性の方ですよね?』なんてね」
「わっ、可愛い! その時の花くんの顔が目に浮かぶよ」
その嬉しそうな真理恵の反応の方がジェイには可愛く見える。
「ただいまー、あれ? もう来てるの? ジェイ」
「来てるよ、花さん。今さ、真理恵さんにこの前の新人面接のこと話してたんだ。ほら、花さんに『女性ですよね?』って確かめた子」
「あいつか! あのヤロー、神崎とか言ったよな。今度舐めた口利いたらただじゃおかない!」
「もう舐めないよ。だって花さん、凄い目してたもん」
真理恵がほわほわした顔で二人の話を聞いている。
「どうした?」
「だって花くん、膝の上にトイレットペーパー抱えて座ってるんだもん。なんだか楽しい」
途端に花はジェイにトイレットペーパーを押しつけた。
「はいはい、いつものとこに仕舞っとくね」
ムスッとした顔で花は頷く。そこにまた、バタバタと足音が聞こえた。
「お父さん、お帰り!」
「お帰り、お父さん!」
「ただいま……花月! 口の周り洗ってきなさい! チョコレートでベタベタじゃないか」
「はい!」
花月は水を触るのが好きだ。喜んで手を洗いに行った。
「花音、何もらったんだ?」
「あのね、ストロベリーアイス! ね、ジェイくん」
「花音ちゃん、好きだもんね」
「こら! 花音、お父さんの膝に座んなさい。それから『ジェイくん』じゃなくて、『ジェイおじちゃん』って呼びなさい」
「うわ、花さん、それ酷いよ」
花音は言うことを聞かずにジェイの膝の上でしがみつくと、花父を振り返って「あっかんべー!」をした。
「花音、お父さんが抱っこしてあげるからおいで」
「やなの! ジェイくんのお膝がいい!」
「ジェイっ! 花音をたぶらかすな!」
「花さん、それ濡れ衣だってば」
手を洗って走って来た花月がその勢いで花音の後ろからジェイの膝に乗った。
「花月くん、重くなったね! ……手、拭いてきてよ」
「今、ジェイくんのズボンで拭いたよ」
花の膝は空いたままだ。そこを花の手が寂しく行ったり来たりしている。
「ほら、お父さんのところにも行かなきゃ」
「はーい」
ジェイの言葉で花月が花の膝に飛込み、その後を花音が追いかけた。花が二人をぎゅぅっ! と抱きしめる。
「もうお父さんから離れちゃダメ。分かったか? 花音」
「お父さん……僕は拾われた子だから」
「花月! 何度言ったら分かるんだ? 哲平おじちゃんが言ったのは犬の話!」
騒ぐだけ騒いで、二人は外に遊びに行った。
「哲平さん、変な事ばっかり言うから。なんかトラブルがあると、たいがい哲平さんの名前が出てくるんだ」
「哲平さんは花音ちゃんと花月くんを可愛がってるから。この前は穂高くんと双葉ちゃんを追いかけ回したんだって池沢課長が怒ってた。広岡さんは椿紗ちゃんを取られたって文句言ってたよ」
「莉々さんにそっくりだからな、椿紗は」
「……みんなの子どもが10人に近づいて来てるね、花さん」
「そうだな」
『10人子どもを作るんだ!』
哲平の言葉を思い出す。嵐の男、哲平はもうすぐここにやってくる。
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