バレンタインとホワイトデーと誕生日

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バレンタインとホワイトデーと誕生日

   花父は帰宅してからずっとそわそわしていた。去年は泣いたバレンタイン。今年はなんとか父の威厳を持って迎えたい。ジェイには来るなと言っておいたが、来ないことで花音の機嫌がすこぶる悪い。 「花音、今日はチョコを買いに行かないの?」 「だってジェイくん、来ないって聞いたもん」 「でもお父さんだって花月だっているでしょ? 哲平おじちゃんも来るかもしれないよ」 「でもジェイくんじゃないから!」  真理恵は困ってしまった。どう見ても花の落ち着きの無さはバレンタインが関係している。  最近の子どもたちはどうも手がかかる。 『マリエ、あの子たち、おかしくないか? 反抗的だし俺が帰ってきても飛びついて来てくれない』 (反抗期なんだって言ったら、また花くん泣いちゃうのかな) そのショックを思えば、真理恵は言うに言えない。けれどいくら真理恵がそう思っても、現実には子どもたちは容赦がない。 「お父さん、すぐ泣くからいやだ!」 「そんなこと無いよ、花月!」 「この前もジェイくんから花音が離れなかったら泣いてたでしょ、お父さんってまさなりお祖父ちゃんにそっくりだ」  花の心に大きなひびが入る。 「お父さん、来ないで。お風呂、一人で入る!」 「花音、いつもそんなこと言わないじゃないか」 「もう子どもじゃないもん。ジェイくんのお嫁さんになるんだからお父さんとお風呂に入るの、やめる!」  花の心は複雑骨折の重傷だ。 「マリエ、俺、父親失格なのかな……」 「そんなことないよ。……聞いて、花くん。あの子たち反抗期なの。だから見守ってあげて。花くんだって反抗期あったでしょ?」 「俺、あんなこと言わなかったよ…… そんなに俺、泣いてる?」 『最近の花くんはまさなりさんそっくりだよ』  これは言いたくても言えない。真理恵は4人の子どもを持っているような気がしている。  今年のバレンタインはとうとうチョコの出番は無かった。平日ということもあって、結局今夜は親子だけの夜だ。  池沢家はありさが調子悪いからと最近来ることがほとんど無い。心配だが、大したことは無いと言う落ち着いた池沢の言葉を疑うのも変な話だ。広岡は実家とゴタゴタしているらしく、週末は外に出るのが億劫らしい。澤田は忙しそうだし、野瀬は週末になるとだらしない顔になっている。浜田が来たがるが、それは花がソッコー断ってしまう。  みんな年度末が近いから落ち着かないのは当たり前のこと。だから花としてもそれをどーのこーのと思いはしない。  実は一人だけ、バレンタインを堪能した者がいる。花月だ。和愛はリボンのかかったチョコレートを花月にちゃんと渡した。最近の二人の意識し合っている様子が哲平には手に取るように分かる。束縛する気は毛頭ないし、花のように往生際の悪いこともしたくない。けれど哲平なりの寂しさは味わっていた。 「父ちゃんにも!」  忘れずに自分に義理チョコを用意してくれる和愛に心慰められる思いだ。  そしてホワイトデーはもはや花月と和愛のためにだけ存在しているようなものだった。  花月が照れた顔で渡しにくそうにリボンのかかったキャンデーを和愛に渡す。それを、やはり照れ切った和愛が小さく『ありがとう』と言って受け取った。  花はチョコをもらってもいないのにホワイトデーのプレゼントをしようとして真理恵に猛反対された。 「あげる理由が無いでしょう? そういうの良くないよ、花くん!」  なのに週末にはジェイがやってきた。 「花音ちゃんからどうしても来てほしいって電話もらっちゃって。夕方までしかいられないんだけど」  いられない理由など花には分かっている。どうせ今夜は夫婦で過ごすのだ。 「ジェイくんが美味しいって言ってくれた!」  朝から大騒ぎで作ったケーキに、ジェイが感動しないわけが無い。恨めしそうにそれを横目で見ながら、花は自棄酒を煽った。  年と共に、親子の有り様が変わっていく。それは仕方の無いことで、みんなそれを乗り越えていく。花は胸を掻きむしられる思いでそれを味わった。 (俺、耐えられるのかな……) それでも耐えなきゃならないのが親だ。花にはまだ先がある。『風花』がいるのだから。 「花くんはいいお父さんだよ。花月も花音も今はたくさん見るものがあるの。そうじゃなきゃいけないことも分かってるんでしょ?」  もちろん分かっている。花月と和愛の恋模様も見え始めた。花音の初恋は憧れと幻の混ざったものだ。そろそろ自分はどっしりとした父親にならなくてはならない。 「分かってるよ、マリエ。でもせめてもう少しあのままでいたかった……」  自分の腕の中でしがみつくように頬を胸に擦り寄せてきた子どもたちは、花の腕から飛び立とうとしている。 「俺、上手に子どもたちが飛び立てるように頑張るよ。例え何があっても俺は父親なんだから」  
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