哲平さん!

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哲平さん!

  「お帰りなさい、父ちゃん!」 「母ちゃんが今日はきんぴらごぼうだよって」 「おい! また俺のいない間に哲平さんが来たのか!?」 「お帰りー。うん、3時頃までいたかな。二人ともまたお土産もらって大騒ぎ!」  その場で哲平に電話をかける。 「俺だけど」  声が冷たい。首を竦めて真理恵は子どもたちを連れて奥に入って行った。花は靴を脱ぎながら早くも苛立ちを露わに哲平に食ってかかっている。 「ウチに来るのはいいんだけどさ! 子どもたちに変な言葉吹き込まないでくんないかな!」 『どうした? かけてくる早々つんけんしちゃって』 「惚けないでよ! また言ったでしょ! 『父ちゃん、母ちゃん』って!」 『なんだ、そのことか。いいじゃないか、日本古来の正しい呼び方だから』 「自分は和愛(かずえ)になんて呼ばせてる? 『偉大なるお父さん』だろ? なんで人の子には『ちゃん』付けなんだよ! だいたい『偉大なる』って枕詞要らないよね?」 『細かいこと気にするな、禿げるぞ。あ、お前の禿げ頭が見たいっ! じゃな!』 「……切られたし。まったく」 「『まったく』は私が言いたい。子どもたちだって本気にしてるわけじゃないし。花くんがそうやって騒ぐのを面白がってるだけなんだから」  玄関にビジネスバッグを受け取りに来た真理恵が半分笑っている。 「ついでにマリエも面白がってるだろ?」 「そうだね、ちょこっとね」  その後にほわんと浮かんだ笑顔に花の怒りはあっという間に鎮静化していく。 「きんぴらごぼうだって?」 「うん、花くんのだけ辛くしてあるから。今日はどうだった?」 「哲平さんが休んでるから部長と常務の相手が大変だよ。ジェイがいなかったら俺、終わってる」 「有能な補佐がいて良かったね! いいから着替えて」  背中を押しながら真理恵がぽつんと言う。 「哲平さん……すごく明るかったよ」 「そうか……頼むな。まだまだ泊ることもあると思う。俺がもっと早く帰ってこれればいいんだけど」 「分かってるよ、哲平さんにも」 「早く出てきてほしいよ! 戦力の要だからな。部長の怒鳴る矛先が真っ先に俺に来るんだから堪んない」 「待ってあげようね。今はそっとしといてあげなきゃ」 「……分かってる。みんな寂しがってるんだ。部長も」  哲平のいないオフィスはともすると光が作り出す影が大きくなって行く。やがて光を浸食でもするように。 (ジェイ、お前が頼りだ)  哲平の光が無い今、オフィスの唯一の救いはジェイだった。ジェイの溢れる温かさがみんなの心を癒していく。だからなんとか頑張れる。 (今度の土曜、またジェイに来てもらおう。哲平さんも喜ぶし。……いっそのこと、近所に引っ越して来たらいいんだ。そうだ! 言ってみようかな)  花だって哲平の姿をもっと近くに感じたいのだ。  
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