319人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
「今だけだ。踏ん張りどころなんだ、手を抜くわけにはいかない」
「俺はお前がどういうヤツか知ってる。こうと決めたら折れない。だがな、折れた剣は元には戻らない。少しは自分をこき使うのを止めたらどうだ?」
隠れた頑固もんの尾高は引く気が無い。
「俺のことまで心配する暇があったら仕事してくれ。折れないし折れるつもりもない。三途川さん、いやならあんたも出て行ってくれ。残った者で仕事する」
(どいつもこいつも当てにならない、いい、俺がやる!)
新任の課長ということで、10月頭は挨拶回りと飲み会にも忙殺された。この忙しさで蓮司もだいぶ参っている。
「少なくとも尾高さんと私は課長から離れるつもりはないわ。どうしてケンカ売ってくるの?」
「吹っかけてくるのはそっちだろう!」
(しまった、これは)
言い過ぎだ、と思う間もなく頬が鳴った。
――パーンッ!!
見事な平手打ち。思わず蓮司は目を見開いた。
「ガキじゃあるまいしいい加減になさい! 疲れてイライラしてるかもしれないけど自分の務め、投げんじゃないわよ! 若い子は連中に踊らされてるだけ。ここで手を放したらあの子たちは間違った育ち方をしてしまう。しゃんとなさい!」
出て行ってしまった後ろ姿を見送り頬を摩った。
「おい、大丈夫か!?」
「すごいな…… 目玉が飛び出るかと思ったよ」
徐々にくっくっと笑いが出てくる。
「河野」
「大丈夫だ、気がふれたわけじゃない。見事な一発だった。痛ぇ、あいつ思い切り殴ったな」
尾高を振り返る。すっきりしていた。
「済まん、心配かけた。もう大丈夫だ」
真っ赤な手形をつけたまま、蓮司はミーティングルームから出た。
最初のコメントを投稿しよう!