本腰

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   この頃の蓮司は本当に容赦なかった。仕事への貪欲さも己に対しても。 (人に言うんだ、自分も出来て当然なんだ) そう思うからプレゼンもみんなが帰ってからミーティングルームで何度も一人でやった。時に大滝が覗いて面白がって見ていた。そして辛辣な言葉を飛ばす。 「甘いな。それで客が食いつくとでも思ってるのか」 「今のお前じゃ相手は買いたいという気を起こさない。せいぜい『顔を洗って出直せ』とでも言われるのが関の山だ」 「ここはどうなんだ? なんだと? 調べてない? それでよくプレゼンしに来たと言えるな」 (くそっ! 負けて堪るか!) 何度も何度も大滝の前でやり直した。そして譲らない部分は譲らないという、前にも増して図太い神経が出来上がっていく。 (相手が客だろうがここは引かない) (分からない? 何を聞いていた!?) (俺から買え! 買わないあんたはバカだ!)  繰り返す毎日。ある日、大滝は言った。 「河野、俺はもうプレゼンにはつき合わない」 「見捨てますか?」 「甘ったれるな! それに……もう言うことはほとんどない」  大滝に笑みが生まれた。 「最後に。河野、笑え。ケンカするんじゃない、笑うんだ。腹の中でいくら相手をバカだと思ってもいい。だが客商売だ、売れなきゃ意味がない。それから質問はさせろ。買う側は質問できないというのは苦痛なんだ。わざと説明を省く部分を作るんだ。そして質問させろ。それを説明されて客は納得する、ただ買ったんじゃないと」 「部長…… ありがとうございました! 後は自分で頑張ります。部長の顔に泥を塗るような真似は絶対にしません」 「清廉潔白。忘れるな、河野。貫け、どんな時も」 「はい。どんな時も」  開発そのものの知識と情報をいち早く取り込むようにしていた。研究も好きだ。 (どのチームに入っても、途中から入ったとしても迷うことなく口を出せるようにする)  そして部下を改めて見た。 (あいつは顔色が悪いな) (なんだ、こいつ。元気がない、口の悪さにキレがない) それをノートに書き始めた。 「石坂、ちょっと来い」 「はい」 「なにかあったか? ここのところ体調が悪そうだな」 「たいしたこと」 「2日前から顔色が悪い。医者には診てもらったか?」 「課長…… ありがとうございます。今日早退して病院行ってもいいですか?」 「もちろんだ」 「今手を抜けないところをやってて」 「俺が代わる。体が第一だ、無理するんじゃない」 「菊池、今日は帰れ」 「ウチのチームは残業の予定です」  田中からクレームが出る。 「田中、菊池はこの4日他のメンバーより早く来ている。帰らせてやれ。お前のところの進捗は順調だろう」 「それはチーフの俺が決める」 「課長にはお前よりも権限がある。俺にはどこまでも進捗を急ぐのはお前の個人的思いに見える。少しはメンバーのことも考えろ」 「手を抜いて遅れたら?」 「お前が? 驚いたな! 手を抜くつもりなのか?」  
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