「先輩」

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「先輩」

    実際の課長に対する事前プレゼンを見て、仕事に対する認識がこれまで甘かったことを痛感した。  同時に、ここの担当が仕事の最前線だと言われるわけがよく分かった。この段階で顧客を掴めなかったら受注すら出来ない。つまり、会社の利益はこの担当にかかっている…… 「恐ろしい仕事をするんだな」  ぽつんと呟いた。ガキっぽい思いなんかここでは不要だ。むしろ邪魔。拗ねたり妬んだり、上になるとか見下ろすとか。いかに幼稚な発想だったことか。  仕事を知れば知るほどジェロームが手の届かない人に見えてくる。  その内、ジェロームの身に起きた事件の概要が分かって来た。始めの頃に聞いた時には単なるスキャンダルだと思っていたが、体も心もズタズタにされた被害者であること。そして裁判中拘留されているはずの加害者がさらに傷つけようとしていること。 (それなのに仕事の手抜きもせず、人への接し方も変わらない……)  認めたくなかった『尊敬』という気持ち。そんなものは自分に無縁だった。尊敬されることにこそ意義があると思っていた、そんな存在になるのだと。けれどジェロームにはその雑念は全くない。 (尊敬されようとしてない…… 自然な姿で真摯で素直で…… 誰もが大事にしたがる人。……俺とはまるで)  ジェロームが再度暴力を受けた時、健は尾高と一緒に病院の付き添いをして事件の詳細を知った。診察を受けて廊下に出てきたジェロームが済まなそうな顔をする。 「悪かったね、俺は……いまだにみんなに面倒かけて……」 「でも先輩の面倒見るの、みんな好きそうですよ。そう見えます」  自分でも思ってもいなかった素直な気持ち。ジェロームが不思議そうな顔をする。 「石尾くん……どうしたの? いつもと違うね」 「俺、ガキっぽいなって思って……すみません、いろいろと反省してます」 (今度こそ、違う目でこの人を見ることが出来るかもしれない)   比べるということでしか価値判断をして来なかったけれど、この会社に入って自分が変わって行くのを感じた。   
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