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エストニア
ジェロームの裁判が終わって、社員旅行があって。
何よりも大きかったのはエストニア出向の件。候補者のリストに自分も載っていると知り、真剣に考えた。馴染んだチームと離れての勤務。しかも行き先はエストニアだ。
だが、期待も大きい。得るものも。入社した時に自分が武器だと思っていたものは全てなんの役にも立たなかった。今はそれが欲しい。自分の能力を支えるための本物の武器。それがきっと手に入る。
(そして、ここに戻る。俺もいなくちゃならない存在になりたい)
入社した時とは違うその考え方。最初から自分がモノになると思っていたあの根拠の無い存在感。今度はその根拠そのものを作りに行く。
決心がついた。両親に話したが、それはほとんど相談ではなく決めているという報告だ。海外勤務への不安や止めろという説得。それは自分のことを本当に理解していないから出る言葉なのだと思う。
「途中で挫折したらどうするんだ!」
「応援はしてくれないんだね」
分かっていたことだったけれど。
候補者の課長面談が始まった。ミーティングルームに入り座った時には、河野課長に自分の決心を告げた。
「行きます」
「即答だな」
「はい。自分には目標があります。だから行くべきだと思いました」
「家族には相談したのか?」
「もう社会人です。話はしましたが、最終的には自分で決めることだと思います」
「目標と言ったな、どういう目標か聞いてもいいか?」
「ある人に追いつきたいです。初めは正直言って嫌いでした。でも今は尊敬してるんです。頑張らないと置いて行かれる……その人の下で働いていきたいと思ってるんです」
河野課長が微笑んだ。
「分かった。結論は明日出す。発表を待って欲しい」
結果は希望した通りだった。
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