128人が本棚に入れています
本棚に追加
不愉快なヤツ
両親は教師。成績は優秀。ルックスはまあまあイケる。石尾健の自信は3分の1くらいが努力。3分の1が親の叱咤。残りの3分の1は、高慢ちきで出来ていた。
「成績がいいのは当たり前だ」
「親が優秀だから子どもも優秀に決まっている」
そんな言葉で出来上がった健は、仲間にするには実に不愉快な男だ。勉強を必死に頑張った。認めてもらえるのはテストで満点を取った時や成績が上位に入っている時だけ。
だからなおさら必死に勉強をした。親に認められたい。世間からも。
出来がいい。頭が回る。誰が相手でもコテンパンに言い倒せる。大学ではそれだけで仲間たちから重宝された。面倒なことは石尾に投げればいい。
『求められているのは自分という人間性だ』
『劣等生には優しくしてあげなくちゃならない』
『俺がいなきゃ誰も何も出来ないんだ』
『ああ、疲れるなぁ』
だが、それは表に表情ではっきり出ているから本心はダダ洩れ。本人は気づいていない、教えてくれる友もいない。
成績はいつもトップ。進学校でもトップクラス。TR大学を50位以内で卒業したことでやっと親は満足した。
そして(株)フューチャー・ジェネレーション・システムズに入社した。
大企業とまで行かなくても注目株のIT企業。一時期は重大なコンプライアンス違反により企業としての危機を迎えたが、組織改編により汚名挽回し躍進中だ。
古い大企業より面白そうに感じた。これから花開いていくのなら、自分の力はかなり貢献できるだろう。貢献どころではない、自分が率いることにもなるかもしれない。
配属先は「リサーチ&テベロップメント部」。略してR&D。3月に配属先との入社前面談が2度あったが、ここで人生初めての屈辱を味わった。
最初の面談担当者はたった1つ上の新人に毛の生えたような者。ハーフであるということは、それだけで企業の中ではある種の特権を得ている存在だと考えた。
(こんなの、俺が入ったらすぐに抜いてやるよ)
質問を受けながら心の中で(可哀そうに)と思ったりする。仕事が始まれば能力の上下はすぐに分かるだろう。
次の課長面談について聞くと返ってきたのは『会えば分かる』。
(一企業の課長程度だろ? なに気取ってんだよ)
ここの体制を俺が変えてやろう、そう思った。
課長面談で会ったのは長身で顔付の厳しい男性だった。若いというのが第一印象。
(なんかやる気失せそう。若いのばっかりだ)
「石尾です。よろしくお願いします」
「課長の河野蓮司だ。君のチーフは宗田花。教育担当はジェローム・シェパードだ。以上」
(以上って…… この人やる気あんのか?)
ここの部署が見えるようだ。鼻持ちならない、ふんぞり返って新人を使用人みたいに扱う連中。質問をした。
「チーフって女性ですか」
宗田花? 女に使われるなんて真っ平だ。だが男だと言われ、名前から言ってやはり碌なもんじゃないだろうと思う。さらに最初の面談相手が自分の教育担当…… 不満を課長にぶつけた。課長の顔にやっと笑いが浮かぶ。それは嘲笑に似ていた。
「今現在のお前は使い物にはならん。ジェロームをしっかり見ておけ。それがお前の研修だ」
自分はTR大学を50位以内で卒業した、それを評価してほしいと言い、そして伸された。
「あいつはT大の4位だったぞ。けど口に出したことが無い」
怯んでしまった。あれで4位? あれで…… なら自分の50位以内の価値は?
(負けるもんか! 俺は人より頑張って来たんだ!)
なのに課長に投げつけられた言葉は辛辣だった。
「まともに仕事も出来ないヤツの要らないプライドほど厄介なものは無い。それを振りかざしたいのなら進学塾の講師にでもなれ。敗退するヤツなら腐るほど見ている。どうせお前の名前も忘れる。気にすることは無い。以上だ」
(俺は……ここでは二束三文か?)
自分の優秀さは? 『君みたいな人間を必要としていた』その言葉は? 足元から何かが崩れていく。
最初のコメントを投稿しよう!