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ホームルームが終わると、ひかりは質問攻めを受けていた。
隣の席が、クラス一番のマシンガントーク女子・花田のぞみだったからだ。
「1000年に1人の天使じゃん! 芸能事務所に所属してるの?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。田舎でしたし」
「そっかぁ、こっちは都会だからさ、遊びに行ったら、スカウトされるよ!
放課後、遊びに行こうよ! カラオケ行く? それともカフェが良い?」
「前のアカデミーでは、何て呼ばれてたの?」
「下の名前で『ひかり』です」
「じゃぁ、わたしもひかりちゃんって呼ぶね。すぐ、呼び捨てになると想うけど。ハハハ。
わたしは花田のぞみよ。あ、わたしたち、新幹線みたいだね。ひかりとのぞみ」
新幹線――。
きっと、目の前に居る『のぞみさん』は、新幹線という文字を知らないのでしょう。
文字が失われた今、百年以上経っても、新幹線の名称のまま。
そのことに違和感も持たないのだわ。
お父様、お母様、こんなことばかり考えるなんて、やっぱり私はおかしいのでしょうか?
「花田、独り占めすんなよ。独禁法違反で逮捕するぞ」
「う・る・さ・い~! ドッキン、ドッキンしてんのは、男子の方でしょ?」
独禁法――。
きっと、クラスメイト達は、独占禁止法という文字を知らないのでしょう。
独禁もどっきんもドッキンもDOKKIN'も違いを知ることはないのだわ。
お父様、お母様……。
「それにしても、本当に綺麗な黒髪ね。
黒目だってわたしよりうんと濃いわね。ねえ、触って良い?」
「髪ですか? 目ですか?」
「えー、意外! ひかりちゃん、そんな冗談言うんだね! ギャップ萌え!
大丈夫、大丈夫。目なんて触らないから。ハハハ」
そうでしたか……。
普通、『目』は触らないのですね。
お父様、お母様、私はそんな常識的な記憶まで失っているのですね。
あの本を読んでからというもの、文字を読めるようになった代わりに、記憶を失っていくんですもの。
忌まわしい本――はじまりの蛇――を読んでから。
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