0人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話 Am I lost?
迷子になったことがある。
まだ幼かった私は不安を覚えて母を探しながらも一人で家に帰ってみようと思った。
きっと家の前には心配した顔をした母親が私を待ち構えているに違いない。
母に会えたらすぐに腕の中に飛び込もうと思った。
そろばん教室の庭に赤い花が満開に咲いているのが横目に見えたけれど、その時の私にはそんなことどうでもよかった。
こんなことになるならば母の忠告を聞いておけばよかった。
いつも帰る途中、私は花を摘んだり石を集めるのに夢中で母からはぐれてしまうことが多く、いつか悪い人に連れ去られてしまうよと言われていたのだ。
子どもながらに、悪い人などそう身近にいるわけがないと思っていたのだが、一人になってしまった今、ゲームのようにリセットボタンを押して母と手をつないで歩いていた時間に戻りたいと思った。
やっとのことで家に着くと、そこにはセーラー服に身を固めたお姉さんが立っていた。
お姉さんのスカーフは近所の花を思い起こさせる赤い色をしている。
「咲穂ちゃん!」
見たことのないお姉さんはなぜか私の名前を知っていて、よかった見つかってと言った。
母はどこへ行ったのかと疑問を持った私はお姉さんにぼそりとつぶやいた。
「お母さん・・・」
「お母さん、駅前の八百屋さんの辺りで咲穂ちゃんを探してたよ」
危険かもしれない。
幼かった私の中に、優しそうな人を疑うという選択肢は残念ながらなかった。
けれどお姉さんに手を引かれて、先ほど走ってきた道を戻っている途中、私はあることに気づいた。
駅前に八百屋はない。
仕組まれているよ。
あの日の私に知らせてあげたい。
あなたの消えたお母さんの居場所はそのお姉さんが知ってるよ。
今すぐ逃げた方がいい。
お姉さんとその仲間の男たちはあなたのお母さんや家族の情報も把握して共有している。
よく見ると薄く化粧をしているお姉さんは、本当は学生ではないように見えた。
何故だかわからないが、愉快そうな顔をしているお姉さんは、当たり前のように駅とは違う方向へ歩き始めた。
腕を強くひっぱられ、速足で歩かされていた私はくたくたになってきた。
「こっちは駅じゃないよ・・・」
か細い声でそういう私とお姉さんの前に黒い服を着た男の人たちが現れ近くに、白い車を指さした。
男の人たちは自分の父親よりも若くて粗暴そうな雰囲気を醸し出している。
お姉さんは男たちと小声で話すと、目配せをして私を車に乗せろと合図した。
怖くなって逃げようとしたけれど、男の人たちの外見が幼かった私を完全に無力にした。
強引に車に押し込まれた私は、既に乗っていた男の子と顔を見合わせた。
彼は猿ぐつわで口を覆われ、両手首をお尻のあたりで拘束されているのでしんどそうな顔をしていた。
恐怖で気が狂いそうになった私は、必死に彼の拘束を解こうとしたが直ぐに男二人とお姉さんが車に乗り込んでしまったのだった。
「ビールの気分だな~」
お姉さんがセーラー服を脱ぎながらそういうので、やはり学生ではないのだなと思った。
「あんたの名前なんだっけ?」
三列シートの真ん中に座らされている私の方を振り返ってお姉さんが聞く。
「咲穂・・・」
「うるさくするとこのお兄さんたち直ぐにカッとなるからね」
私が弱々しい声でお母さんと呟くと、男の一人がイライラするから喋るなと言った。
絶望的な気持ちと怖さで、私はおとなしく下を向いた。
家の前でお姉さんに会ったときから運命は決まっていたのだ。
明日遊ばない?
近所のお友達のなるみちゃんの顔が浮かんできた。
きっと遊べない。
隣に座っている男の子も私ももう終わりだと思った。
後になって、誰がこの三人組に私たちの誘拐を依頼したのかがわかる日がくるのだが、知らない方がよかったと後悔することになった。
最初のコメントを投稿しよう!