作った父親

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作った父親

2歳の頃、事故で死んだ僕のお父さんは中学生の教師だった。 とても生徒に優しい教師だったらしい。 そして家庭を大事にする優しい父親だった。 僕が生まれたときには積極的に世話をしたらしい。 そんなお父さんに顔が似ている僕。 母さんは時々僕を見てちょっと辛そうな顔をするけど、それは死んだ 父さんのことを思い出して寂しいからだと思う。 父さんは僕の憧れだ。父さんみたいになりたいと思う。 そんな僕は来月から教師になる。 父さんみたいな立派な教師になりたいと思う。 私の夫は中学生の教師だった。 しかしあろうことか女子生徒と関係を持った。 私が息子の子育てに忙しい間、少女とよろしくやっていたのだ。 私がそれに気づき、夫に問い詰めると、夫は謝るどころか 「若い女が寄ってきたらやるにきまってるだろ、大体そいつ 俺に似てない。本当に俺の子か?」 などと言った。 それを聞いて、私は夫との離婚を決意した。 証拠を集めて数日後、夫は事故死した。 葬儀では夫の両親や兄弟、友人や職場の人たちが悲しんでいた。 そこでただ茫然としている私を、「夫の死で何も考えられないほど悲しんでい る妻」と周りは見たけど、本当は違う。 夫を苦しめてから別れようと思ったのに、その夫がいなくなってしまって どうすればいいかわからなくなっただけだ。 周りの人間は夫の不倫を知らない。いい夫だったと思っている。 私の手には幼い息子だけが残された。 息子はだんだんと大きくなった。そして夫に似てきた。 そんな息子に私は夫の話をよく聞かせた。 偽りで理想の夫の話を。 家族を愛してくれて、生徒にも真剣に向き合ういい教師だったと。 実際は子育ては私に任せきりで、家に帰って生徒や保護者の悪口 ばかり言っているような男だったが。 息子を健全な心の人間に育てるためには必要な嘘だったのだ。 そして成長した息子は教師になる。偽りの父親に憧れてのことだろう。 息子は顔こそ夫に似ているけど、性格は違う。 とても優しい子に育ってくれた。 きっと「作った父親」のおかげだ。この作り話に感謝したい。 私は夫の不倫の証拠をシュレッダーにかけ、粉々にしてゴミ箱に捨てた。
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