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「ギョクフウシ、ねぇ……」  小学校に上がる頃には「みんなと一緒でいたい」という思いから、家業について父に聞こうとすらしなくなっていた。  父も元々多くは語らない人だったから、帝太郎が尋ねない事については口を開かない。だから、それがどんな字をあてるものなのか、今日まで帝太郎は知らずにきてしまった。  ただ、修行だけはある目的のために黙々と続けていた。  仇を討つため――。  幼い頃は、自分にそう言い聞かせていたけれど……本当は自責の念からなのだと今なら素直に認められる。  父の後を継ぐつもりはなかったのに、十八の歳まで家にいる事が出来たのも、また修行を続ける事が出来たのも、多分そのためだ。 (そう言えば父さんも首から同じ物を下げていたっけ)  ギョクフウシと言う得体の知れないものになるのが嫌で、家から逃げてきたというのに。もしかしてこの玉を持っていたら駄目なんじゃないだろうか?  ふと、そんな思いが頭をよぎる。 (何であのとき、この玉を置いていくと言えなかったんだろう?)  力ない溜め息をつくと、帝太郎は手にした玉を蝋燭の灯りにそっとかざした。  (くだん)の玉をよく見れば、その答えが見つかるような気がしたから――。  今まで気付かなかったのが不思議だが、これは御霊屋にあった玉とよく似ている気がする。  もしかしてギョクフウシというやつは真言と印、それからこの玉を用いて何かを行う者達の事なんじゃないだろうか?  ぼんやりとそんな事を考えながら、なおも玉を見つめる。 「……?」  不意に、炎に照らされた玉の中に、何やら文字らしきものが浮かんで見えた。  今までこの玉をまじまじと眺めた事はあっても、光に透かした事はなかったのでこんな仕掛けがあるなんて気が付きもしなかった。  かぎりなき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは 「和歌?」  水にたゆたう女の長く美しい黒髪のように、その文字は玉の中に浮かび上がっている。 「まいったなぁ~」  思わず頭を抱え込んでしまった帝太郎である。 「僕、古典って得意じゃないのにぃ~」  得意じゃない、と言っても現代国語に比べれば、の話だ。  帝太郎は自覚していないのだが、実は彼、それなりに古典の才能(センス)があったりする。  文法的なものは分からないけれど、歌意としてはこんなものかな?……くらいは理解出来る程度に――。  雲のように遠い異境に別れようとも貴方を私の心の中に連れて行きます 「かぎりなき雲ゐのよそにわかるとも人を心におくらさむやは、か……」  とりあえず口の端にのせてみた。  昔、古典の先生が和歌を理解する最善の方法はその歌を何度も繰り返し読んでみる事だと言っていた。それを思い出したのだ。 「誰が詠んだ歌だろ? それより、そもそも何に載ってる歌だっけ?」  玉に浮かんだ文字を、何度()めつ(すが)めつしてみたところで、その答えが書いてあるはずもない。  そんなわけでほとほと困り果ててしまった帝太郎である。
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