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『この歌はなぁ、読み人知らずの歌さ。つまりは作者不明。んでもって載ってんのは古今和歌集巻第八、離別歌のところだ。さて、他にご質問は?』  ――と突然、手にした玉からそんな声がしてきたものだから、さしもの帝太郎も驚いて思わず玉を放り投げてしまった。 『げ! てめぇ、何しやがる!』  綺麗な放物線を描きながら宙に舞う玉。  声は、そこからなおも続いている。  カラン……。  乾いた音を立てて玉が床に転がった時、帝太郎はハッと我に返った。 「わ、どうしよぉ!」  慌ててそれを拾うと、眉根を寄せて凝視する。  手の上で何度も転がしてみたけれど、どこにも傷はついていないようだ。どうやら畳とこたつ布団という環境に助けられたらしい。 「良かったぁ~、ひび入ってない……っ!」  ホッとしたのも束の間、突然玉から霧のようなものが噴き出してきたものだから、思いっきり驚いてしまった。  今度は辛うじて放り投げたりはしなかったものの、思わず目をつぶってしまう。 「ったく、やってらんねぇぜ!」  その声に恐る恐るまぶたを開くと、見知らぬ男が仁王立ちで自分を見下ろしていた。しかもその装いが平安貴族然とした束帯姿(そくたいすがた)……ときているものだから思いっきり不自然で……。 「あ……あの~、どちら様……?」  突然玉から湧いてきたような男に放つ言葉だ。もっと他に言い様があろうに、腰抜け状態で座り込んだ帝太郎の口から放たれた第一声はそれだった。 「……あン? 俺か? 俺は見ての通り『玉封じの鬼』だ」  対する男の返事もどこか間が抜けている。 「タマフウジノオニ?」  ちんぷんかんぷんだといった面貌で、帝太郎が彼の言葉を繰り返す。 「それ、なぁに?」  極めつけはこの一言。 「お、おい、お前、玉封師(ぎょくふうし)だろ? 俺の主人(あるじ)のっ!」 「……悪いけど……僕は玉封師なんかじゃないよ」  この(しがらみ)を、やっとの思いで生家に置いてきたというのに……。こんなところで引き戻されたんじゃ、たまったものではない。  帝太郎はいつになくつっけんどんな物言いをすると、眼前の男の様子を伺った。 「……玉封師じゃないって……。だってお前、俺を呼び出したじゃねぇか! 今更『はい、そうですか』って玉に戻れってぇのか!? また何百年も俺と波長の合う奴が現れるのを待てって言うのか!?」  玉封じの鬼と名乗った男が、銀色の髪を振り乱しながら一気にまくし立てる。  下から見上げる格好になっていたから今まで気付かなかったけれど、自ら「鬼」と名乗ったように、その男の額には二本の角が見え隠れしている。  それなのに、何故かちっとも恐ろしさを感じさせない、不思議な雰囲気に包まれた異形。 「呼び出したって言われても~。悪いけどそんな覚えないんだよぉ~……」  困ってしまった帝太郎である。
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