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「八時か~。そうだね、僕にしては早いね~」  入り口のガラス戸に書かれた文字によると、営業時間は『午前八時半~午後十時まで』となっているので、責任者たる彼が八時出で早いというのは困りものだ。ミーティングなどをする時間だって必要なのだから。 「ところで菜奈ちゃん、今日の受入れ予定は?」 「えっと……八時半、十時、三時半に一時預かりの子達が各一名ずつ。その子達以外はいつものメンバーです」  ほうきを小脇に抱えると、エプロンのポケットから小花柄のスケジュール帳を取り出す川崎菜奈子。手早くページをめくると、二月三日の欄を読み上げた。 「飛び入りの子が三人かぁ~。いつものメンバーと合わせると十人越えちゃうね~。三人で平気かなぁ」  そこまで告げたところで 『帝太郎、その三人目を忘れてねえか?』  巾着の中からいかにも不機嫌そうな声音が響く。 「あ、ごめん!」  言わずと知れた玉郎の声に、帝太郎がいそいそと玉を取り出す。 「所長ってばいっつも玉郎さんの事忘れちゃうんですね~」  まるで悪戯っ子をなだめる母親のような口調でそう告げる菜奈子の口ぶりからすると、玉郎はここ『つくしんぼクラブ』において顔馴染みの存在らしい。 「ったく笑いごっちゃねえんだぜ?」  帝太郎の掌の玉から水蒸気のような霧が発生したかと思うと、見る見るうちに人型になっていく。人型は玉郎の姿をとると同時に、眉間に皺を寄せてそう吐き捨てた。  常軌を逸したその登場を目の当たりにしても、菜奈子には全く驚いた様子がない。  強いて気になる事があるとすれば……。 「玉郎さん、その格好……」  笑いを必死に堪えたように告げる菜奈子に、玉郎が慌ててエプロンを脱ぎ捨てる。ついでにたすきも解いた。  玉封じの鬼は、その主人が望めばどこでも封じの玉を出入りする事が出来るのだが、その際身につけていた着物等も一緒に玉内に収まってしまうようなのだ。  それは、彼らが手にしていた物も例外ではない。だから先程弁当だけが玉に入るのを免れたのは、玉郎が意図的に手を放したからに過ぎない。  このシステム、身ひとつで取り込まれてしまって次に出た時、裸……というのよりは随分マシなのだが、たまにこんな風に妙な格好で出て来てしまう事があるのが困りもので。  エプロンはともかくとして、たすき掛けまでして本格的に主夫業をこなしているのだと宣伝してしまったみたいで、何だか赤面ものの玉郎である。
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