最後の罠

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最後の罠

 僕はスマホを投げ捨てていた。  見たくなかった。マリアがどうにかなってしまう姿なんて、送られても見る気なんて無かった。  僕は立ち上がった。着替えも寝癖もそのままに、部屋の出口に向かって走った。  あれほど頑なに拒んでいた、外へと続く扉のノブを握り、外に向かってバンっと押し開いた。  そして部屋を飛び出した。シャツ一枚にジャージに裸足だが、関係ない。  一階へと通じる階段を、落ちるようなスピードで駆け下り、リビングを通り過ぎて、玄関へと向かう。  玄関へと向かう、リビングを通り過ぎて――。  リビングを通り過ぎ……いや、過ぎない!! リビングに誰かいる! しかも、たくさん人数がいて、こっちを見ている……気がする!  え????  リビングのソファに腰かける、見慣れた顔が四つ。 「やあ、タイチ」 「ぞーんび! にゃ!」 「タイチ~♪」 「……」  そいつらは、一斉に声を揃えて叫んだ。 「「「せ~の~……大・大成功!!!」」」  うつむいているマリア以外の三人が、飛び上がってハイタッチした。 「おまえら……い、生きてる……の?」  鯉のように酸素を求めてパクパクするみっともない自分。 「そ~で~す!! ちゃんと付いてるよ~」  スカートだというのに、思い切り両脚を持ちあげる、アイ。 「任務成功(ミッションコンプ)だね。僕の冷静な分析と作戦(シナリオ)のおかげだよ。タイチの攻略は、正義感を利用するに限る」  自信満々で眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げるイチヤ。 「ごめん、騙すつもりはなかったんだよ。お母さんに頼まれてさ。何とか外に出して欲しいって」  体は大きくても気の弱いトシカズが、鼻の頭をポリポリと書く。 「でもさ、みんなはいいよね~。ワイワイ盛り上がって、メッセージ送って楽しんじゃってさ。私なんて大・大・大ショックだよ! もうすぐみんなと別れなきゃならないし、タイチには、全員の前でフラれるし~シクシク」 「全員って……お前たち、最初からずっとここにいたっていうのか!」 「うん、そうだよ。これには理由があってね……」  トシカズの合図でマリアも含めた全員が立ち上がった。誰もが照れ臭いようでいて、でも真剣な顔をしている。 「じゃあ、僕から……」  トシカズが口火を切った。 「タイチ、僕がサッカーチームを移ったのは、雪谷が足を骨折したから。その間の期限付きの移籍なんだ。監督同士が仲良くて勝手に決めちゃったんだよ。だから僕はタイチをを裏切ってなんかないからな!」 「『ダルセパクトの聖騎士よ。我が魔獸が闇に還ったのは他でもない……』 あのさ、ゲームやり過ぎてアカウントもクレジットカードも、親に止められちゃったんだ。スマホごとBANだよ。最近ようやく新しいコイツを手に入れたのさ。恥ずかしくて言えなかったんだ。悪かったよ」 「わ、私は! マリアから聞いて、タイチはだいたい事情分かってるじゃん! あ~もうハズイから何度も言わないよぉ! あ、引っ越ししても、一年で戻ってくるから安心してね! それだけ! 最後、マリア!」  ずっと下を向いている幼馴染みのマリア。右手で左手を隠すようにして、喋るのをためらっている。  アイに肘で散々小突かれて、ようやく顔をあげた。 「……騙してごめんなさい。私はあんまり……こういう演技っぽいの、好きじゃなかったけど、お母さん困ってたから……」    正直アイが喋り終わったら、皆を怒鳴りつけてやろうとか思っていた。  けれど今は、僕の方こそ恥ずかしくて何も言えなくなっていた。情けなくて、床のカーペットを見つめるしかできない。 「マリアが一番、演技上手だったけどね~♪」  アイが茶々を入れる。 「あのね、みんなで色々やったけど、本当にタイチに謝りたかったんだよ。誤解させてゴメンって。それに皆があなたを心配してた……だから、お願い。もう部屋に閉じこもるのはやめて」  マリアの目が潤んだ。 「みんなの前でタイチの返事(・・)を聞かせて欲しいの」  その台詞に聞き覚えがあった。いや、あり過ぎた。はっとした僕は顔をあげた。ま、まさか、まだ終わっていないのか?!  いや。  違うよ、間違ってた。終わっていないんじゃない。最初から始まってなかったんだ。  僕の前には死神なんて、いやしない。  顔があった。どの顔も僕を見ていた。ぼぉっとして、ぶっきらぼうで、お(しゃべ)りで、おせっかいの。ずっと知っていて、一緒にいて、笑って、喧嘩して、泣いた顔。  そして僕が救いたかった顔――。
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