王のマント

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「ククク……我は漆黒の闇に包まれし王なり……」  近所の子どもたちが、最近公園で「漆黒の闇に包まれし王」ごっこをしている。黒いマントを羽織った「王」と、忠実な従者たち。ちょっと早い中二病か何かだろう。微笑ましいので、見つけるたびに眺めている。 「我の命は絶対なり……」 「ははーっ!」  しかしまあ、従者役も従者役で、何でああノリがいいのやら。芝生に正座して大げさにひれ伏す数人の子どもを見ながら思う。  それでいいのか、君たち。  少し遠くの木陰のベンチからしばらく眺めていると、雨が降り出してきた。  真っ黒なマントを広げてハッハッハと笑いながら走る「王」と、その後に続いてこれまたハッハッハと笑いながら走る従者たちは、突然の天候変化に一瞬立ち止まる。  ほどなくして従者のひとりが帰ることにしたらしく、ほかの従者もそれに従う。「王」を放って。薄情な従者だ。  ひとりポツンと残された「王」は何秒間か突っ立っていたが、だんだん勢いを増す雨を逃れてこちらにやってきた。  ここで「王」はようやく私の存在に気付いたらしく、迷うように一瞬方向を変え、しかし雨からの避難を優先して木陰に入った。 「こんにちはっ」 「こ、こんにちは……」  私が座っているところからできる限り離れて座った「王」は、威厳ゼロの挨拶を返してくる。  黒いマントを体に巻きつけて縮こまるその姿は、王というよりも乞食のそれだった。 「ねぇ、王くんさ」  なんてことはない、「王」とは彼の苗字である。 「最近その遊び好きなの?」  王くんは遠慮がちに目だけでこちらを見ながら、小さく頷く。 「ふーん……楽しい?」  答えはなかった。 「だから最近うちに来てくれなくなっちゃったのかー、お姉さん寂しいなぁ」  王くんのお母さんと私の母が仲良しで、私は王くんを赤ちゃんのときから知っている。  前はよくお母さんと一緒にうちに来て、そのたびに遊んであげていたのだけど、最近はお母さんしか来ない。  まあ、きっと「漆黒の闇に包まれし王」ごっこがなくても来てはくれないのだろう。そういうお年頃だ。 「…………」 「ん?」  雨は激しくなっていく。王くんが言ったことは、私の耳に届かなかった。 「ひゃー、強くなってきちゃったねぇ」  王くんはついに目も逸らして、足をベンチにあげて体育座りのような形になり、膝に顔をつけて黙ってしまった。 「傘、持ってないんでしょ? 送ってってあげる」  言いながら、カバンから折りたたみ傘を取り出す。 「……いい」 「傘、あるの?」 「ない」 「じゃあ――」 「いいって言ってんだろ!」  叫ぶために顔を上げてこちらを見た王くんは、やっぱりまた丸くなってしまう。  どうしたものかとしばらく考えてから、こう言ってみることにした。 「あ、王くんにはそのマントがあるもんね」 「……!」  王くんがハッとして顔を上げた。それから、 「そ……そうだよ! オレにはこの漆黒のマントがあるから、雨に濡れないから、大丈夫だから!」  立ち上がってバサっとマントを広げると、水滴が散らばる。王くんの髪もうっすら濡れていた。 「そっかぁ。じゃあ私、ひとりで帰っちゃうけど、いい?」 「いいっ!」 「ホントに?」 「いいって言ってんだろ!」  マントを再びまとって、王くんは後ろを向いた。 「ふーん……」  傘を開いて、私は立ち上がる。雨は木陰でしのぐには難しいくらいになっていた。  最後に「王」の背中を見やる。「王」は動かなかった。 「じゃ、またね」  数歩歩くと、カバンが引っ張られる感覚。振り向くと、王くんがカバンの端をつまんで立っていた。 「…………」  ボソボソと何か言っているようだったけれど、雨がうるさくて聞き取れない。 「ん? ごめんね、聞こえなか――」 「入れろって言ってんだろ!」  王くんが今日出した中で、いちばん大きな声だった。  ふと王くんが遊んでいたときに言っていたことを思い出す。「王」の命は絶対なり。 「ははーっ、仰せのままに」 「や……やめろ!」  言ってからおかしくなってケラケラ笑う私を、王くんはバシバシ叩く。  その勢いで、王くんのマントがはらりと地面に落ちた。  ひとつの傘に、私と王くんとふたり。 「濡れない? 大丈夫?」  大きな傘ではないし身長差もあるので、少し心配だ。 「大丈夫って言ってんだろ」  王くんは漆黒のマントをたたんで腕に抱えている。今は「王」ではない、ただの王くんだ。  でも、私を従えて傘を差させているあたり、今がいちばん「王」らしいかもしれない。  恐れ多くも「王」の横顔を眺めながら、少し遠回りしようかなと思った。
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